
11月30日夕方6時からのNHKFM千葉。なんと番組のほとんどが初芝様のインタビューだったんです。聴けなかった方のために内容を書き起こしてみました。インタビュアーの女性もかなりのマリーンズファンで面白いですよ。もうなんと言うか、笑いあり、涙ありのインタビューです。
〜おめでとうございます。
ありがとうございます。
〜9月22日の初芝選手の引退セレモニーの時、「日本一になってバットを置きたい」とおっしゃってましたけれども、実現しましたね。
実現してくれて本当に良かったです。
〜今年の千葉ロッテなんですけれども、見ている側も大感動、そして大躍進の1年だったんですが、選手の皆さんはどんな気持ちだったんでしょう。
みんな楽しんで野球やってましたね。
〜初芝選手にとって、この1年はどんな年でしたか?
プレーに関しては、なかなか試合に出場できる機会に恵まれませんでしたけど、チームの勝利が優先ですから、そういう部分では、僕も僕なりに楽しんでやってました、
〜去年からいい風は吹いてきていましたけど、今年の千葉ロッテの大躍進、ベテランの初芝選手から見て、どんな点が変わったと思いますか?何が決め手だったんでしょうか。
昨年のプレーオフを0.5ゲーム差で出場を逃したっていうのが選手全員の心に残っていましたのでね。やはり0.5ゲーム差ってのはたった1勝の差なんですよ。だから一つの試合に関して、絶対に勝つっていう、そういう気持ちが昨年より強かったと思いますね。
〜選手一人一人が同じ?
そうですね。同じ目標に向かって一つになれましたね。
〜巷ではボビーマジックなどといわれてますけれども、この強さの秘密なんですが、システム化されているとか、そういったことも聞くんですが、システム化されているとしたら、来年もこの強さは。
それはこれからも続けていかなければいけないところでもあるし、ボビーの戦略に対して、今年は一人一人の選手がちゃんと期待に応えられたんで、来年はもっと、そういう部分ではレベルが上がっていくと思うんで、それを実行できる選手が頑張って欲しいなと思います。
〜そしてこの間の日曜日ですけれども、人手が24万人という優勝パレードだったんですが、私も沿道で「初芝さーん」と応援してたんですけど、あの人手を見てどんな感想をもたれましたか?
最初はニコニコしてたんですけど、ふと途中で、ああ俺はもう来年から経験できないんだって思っちゃった時から、すごく気持ちがブルーになっちゃったんですよね。
〜それはいつごろ?
幕張の。球団のご好意で、僕はオープンカーに乗さしていただいたんですけど、半分過ぎたぐらいからですかね、マリンスタジアムが見えてきたっていうぐらいに、ああもうこれ経験できないんだ、って思っちゃったら・・・。もう余計に笑っとこうと思って(笑)
〜「初芝さーん」「初芝さーん」というコールが本当に多かったですね。耳に届きました?
皆さんの声が、「お疲れ様」っていう声が一番多かったし、やはり「今までありがとう」って言われたのが、すごく印象に残りました。
〜本当にファンは「ありがとうございました」だったと思うんですが、17年間お疲れ様でした。
ありがとうございました。
〜私も引退セレモニーを見ていたんですが、本当に大感動でした。よく選手の皆さんは走馬灯のようにいろんなことが頭に浮かぶって言いますけど、初芝選手は引退セレモニーで挨拶をするときどんなことを脳裏に浮かべていたんですか?
引退セレモニーをやっていただくっていうのはなかなかないことですし、普通の引退セレモニーというのは、それが終わったら次の日からユニフォームを着ないっていう、そういう感じのが多いわけですから、皆様に挨拶する言葉もね、普通だったらここで終わりっていうのであれば言葉が違ったと思うんですが、まだ先があったんで。でもあそこで僕が言ったことで、チームもファンも一つになってくれたのかな、と思ったんで、そのとおりになってくれて本当に良かったと思いますし、またそれを実現させてくれたチームにもとても感謝しています。やはり優勝したいという気持ちではなくて、優勝できるという気持ちの表明だと僕は思ってましたんで、ホント良かったです。
〜引退を決めた理由を聞かせていただけますか?
理由としてはやはり体の、今まで怪我をした部分が、プレーに対して、もうちょっとごまかしがきかなくなったというのが一番の原因ですね。
〜セレモニーのときはお子様から花束を受け取っていらっしゃいましたけど、ご家族は初芝さんの引退の決断に対してなんと言っていましたか?
「お疲れ様」の一言ですね。
〜お子様達は?
一緒です。「お疲れ様」です。
〜誰からよりも、なによりのお疲れ様ですかね。
そうですね。
〜さて、ここで初芝選手の長い野球人生を振り返って見たいと思うんですけども、野球は小さい頃から好きで。
野球は小学校4年の頃からですね。始めたのは。
〜どなたかの影響はあったんですか?
それまではボーイスカウトに入ってまして、で、家の事情で引っ越すことがありまして、引っ越した先にボーイスカウトの団体がなかったんですよ。それで「野球のチームに入らない?」って誘われたのがきっかけですね。
〜じゃあ引越し先にボーイスカウトの団体があったら人生変っていたかもしれませんね。
野球はやってなかったかもしれませんね。
〜当時プロ野球であこがれた選手っていましたか?
やはり長嶋さんとか王さんとかですね。
〜そしてその後東京の二松学舎大付属高校、そして社会人野球、東芝府中ですよね。初芝さんにとって社会人野球での経験はどんなプラス面がありましたか?
僕の体とか体力を作ってくれたのが東芝府中です。
〜東芝府中時代の思い出ってありますか?
もうきついことしか頭になかったですね。毎日死ぬかと思いましたけど(笑)
〜プロ野球と比べてどうでしたか?
それを経験してたので、プロに入ったときはすごく練習が楽だなって思いました。
〜そして1988年、ドラフト4位で当時のロッテオリオンズに入団したわけですが、プロ入りしたときの気持ちって覚えていますか?
そのときは嬉しかったんですけども、そこで満足はしなかったですよね。高校生社会人の頃から、自分はプロ野球選手になれると思ってやってましたから、ここからがスタートっていう気持ちのほうが強かったです。
〜当時のロッテはあこがれの球団だったわけですか?
それは、なかなか、あのー。ドラフトですので、そういう部分では他の球団からオファーとか調査みたいなものもありましたし、どこに入るかっていうのは考えていませんでした。ロッテオリオンズから指名されて、縁あって入団しましたって感じですかね。
〜そして17年。今ではミスターロッテとなった初芝選手なんですけど、主だった活躍としては1995年に打点王を獲得、そしてこの年にベストナインにも選ばれています。そしてロッテはこの年2位の成績を残していますが、このときがバレンタイン最初の・・・。
最初の年ですね。
〜そして2004年。37歳で1500安打達成。94年、95年、96年、98年とオールスターにも出場されています。そして、2003年の代打7打席連続ヒットという記録なんですけども、色々な記録がある中で、これは?
まあ、誇れますよね。毎試合の記録じゃないので。1打席立ったら2試合空いた3試合空いた、そしてまた1打席、また3試合空いた1打席、そういう感じで作った記録なので、なかなか公には出ない記録ですけれども、その記録で代打陣がヒットを打つ大変さっていうものがあって、その中で結果を出せたのですごい誇りに思いますね。
〜モチベーションはどうやって保つのですか?
集中力のメリハリがメインでしたね。オンとオフのスイッチをうまく切り替えられた結果です。
〜中軸の4番を後輩に譲る、そのあたりの気持ちの切り替えなんですけど、サポートする側に回るとき、どんな気持ちの切り替えを初芝選手はされたんですか?
チームとしては歯車が欠けてもなかなか成り立たないものですから、そのまま試合に出てるメンバーもいますし、控えとして準備しているメンバーもいて、初めてチームが成り立つんで、4番から退いたとか、そういうことに関しては、全然思わなかったですね。
〜ここで、初芝選手をずっとずっと見てきたというファンの方々から、初芝選手の思い出アンケートというのを番組でとったんですね。一つ一つ答えて頂きたいと思います。まず2001年。突然金髪にして周囲を驚かせたということがありましたが、これは何故やったのか、もうしないんですか?ということですけど。
僕がいつも行く床屋さんがあるんですけど、そこのご主人が、「初芝さん、たまにはブリッ・・・ブリーチでもしてみますか?」って言われたときに、僕そのブリーチという言葉を知らなかったんですよね。あっパーマか何かかなと思って、「いいですよ」って言って、出来上がったらまっ金金になっていたんですよ。それが本当の理由なんですけど。
〜そういうことなんですか。じゃあ気合を入れて金髪にした、というわけじゃなかったんですね。
いや、そのときに始めてブリーチという言葉の意味を知りましたね。
〜あの金髪ですけど、我々ファンも驚いたのですが、周りの反響はどうでしたか?
それで家に帰ったら、子供が逃げていきましたね。
〜奥様は?
「何それ」って言われましたね。
〜ご自身ではどうでしたか?気に入ってたんですか?
いやぁ、まあ、まんざらじゃなかったかなーと思ったんですけどね。
〜そういったことでやった金髪だったんですけど、もうしないんですか?
もうね、いいおじさんですから、そういうことはできないですね。
〜わかりました。では2番目いきます。ユニフォームの着こなしですけれども、初芝選手だけオールドスタイルを守っているのは何故ですか?
昔からそういう着こなしだったというか、アマチュアの頃からそうでしたし、1回か2回ぐらい、足首までズボンを下ろしたんですけど、やっぱり周りの反響が悪くて。で、僕もそういう風にユニフォームを履いているときは、なんかこう、変だなと、落ち着かないなというのがあったんで、結局は、オールドスタイルに落ち着いたんですよね。
〜写真なんかを見ても(オールドスタイルは)初芝選手一人ですよね。
よく言われるのは、どこにいてもすぐ分かるのがありますね。
〜後輩の方にオールドスタイルを引き継いでくれるのはいないんでしょうか。
うーん。これから出てくれることを願います。
〜なくなるのはさびしいですからね。はい。そして次なんですけど、コンタクトを使う選手が多い中、なぜ初芝選手は眼鏡で通したんですか?
眼鏡のふちが金色なのは、さっきの金髪との絡みもありまして、それでこの色にしてたんですけどね。それがずーっと最後までこれになりましたね。
〜コンタクトにするという考えはありませんでしたか。
当時僕は乱視が強くて、コンタクトだと乱視が矯正できないっていうことでしたし、一時期コンタクトも入れたんですけど、あまりにもマリンの風が強すぎるもので、守備ついて帰ってくるとコンタクトがないことがあるんですよね。僕は結構ドライアイが強いもので、気付くとなくなっているんです。これじゃだめだ、と思って眼鏡に落ち着いたんです。
〜ファンにとっては眼鏡と初芝選手っていうのは一体化してますのでね。
まあ、それは嬉しいですけどね。
〜そして次に打撃フォームなんですけど、バットを構えたときに右手人差し指をぴーんと立てる、極端にそのポーズが目立ったときはがんがん打っていた印象がある。意識的にやっていたんですか?また何故やっていたんですかという質問が来ています。
ああ、右手の人差し指は、バットを振るのにいらない指なんですよ。僕にとっては。だからあってもなくてもバットを振るには影響なかったんで、あとはリラックスするために一本指を外すっていうのはありましたね。
〜ジンクス的なものもあったんですか?
うーん。ずっとそういうふうに振っているので、あんまり言われないと自分でも離しているのか離していないのかと。それぐらい人差し指の意識がないんで。
〜ぴーんと立てていた時はかなりがんがん打っていたそうですよ?
それは今度もう一回ビデオを見てみます。
〜背番号6。誰が受け継ぐのか気になります。ファンとしては永久欠番も嬉しいのですが、どの後輩が受け継ぐのか、そこにもロマンを感じます。球団が決めることだとは思いますが、初芝選手、できれば誰に渡したいですか。
誰、というのは特にないですけど、一部の選手から、内部では6番争奪戦が始まってますよと聞きました。
〜誰ならば。
まあどうなんですかね、そこらへんは。でも、自分が今までつけていた番号を引き継いでくれる選手は活躍してもらいたいし、自信をもって「6番をくれ」と言える選手が出てくるのを願いますね。
〜ファンの皆さん、新しいシーズンで誰が6番をつけるのか、そのあたりはぜひ期待していただきたいと思います。では次の質問なんですが、今のロッテならホワイトソックスと戦っても、勝てる。
勝てると思います。
〜やはりこれは真のワールドシリーズという声もありますが。
僕は勝てると思います。
〜そして、現役生活で一番印象に残っているのはどの試合ですか、という質問です。
プレーオフセカンドステージの第五戦です。やはり優勝を決めた試合ですね。
〜優勝を決めた試合ってどんな気持ちだったんですか?
まさかその場で守っているとは夢にも思ってませんでしたからね。だからそっちの方で感無量でした。堀君がね、優勝はしたいけど、とにかく決まる瞬間にグラウンドにいたいってずーっと言ってたんですよ。それ僕できちゃったんで、本当に嬉しかったです。みんな経験無いことですからね、その瞬間には9人しかグラウンド上にいないわけですから、その中の一人でいられたというのはもう、嬉しいのを通り越しちゃってますね。
〜野球をやっていて一番嬉しかったことは何ですか?
もう優勝しかないです。今まで17年間追い続けてきた目標、これが達成できたというのが一番印象にあります。
〜引退ということで、チーム名との皆さんにはどんな言葉を残しましたか?
うーん、まあ、これからは、ファンと一緒に応援しますので、と言いました。
〜初芝選手にとって千葉ロッテマリーンズ、そして野球とは。
永遠に追い続けられる夢ですよね。夢をずっと持続できるものですね。
〜夢をずっと持続できるという言葉をいただいたところで、気になるのは初芝選手の今後なんですが、もう決められたんですか?
いやぁ、そのあたりはまだ、未定ですね。
〜まだまだゆっくり考える?
そういう時期ですね。
〜ファンの方はですね、「もちろんコーチとして残ってくれるんですよね?打撃コーチを熱望する声多数」ということなんですが?
さすがに守備コーチにはなれないのでね。(笑)今まで育てていただいたロッテ球団に、どんな形でもいいから恩返しできればなと思います。
〜今一番何がしたいですか?
やはり家族と一緒にいる時間を多くとってみたいですね。今まで取れなかったもので。
〜奥さんには本当に感謝でしょうね。
もう本当ですよね。
〜面と向かってねぎらいの声をかけたことはあったんですか?
うーん、まあちょこっとは言いましたけどね。
〜日本一のファンといわれるロッテファンですけど、初芝選手にとってファンの存在はどんなものだったんですか?
僕の中での誇りですよね。17年間変わらず応援していただいたので、ファンとともに自分がこうやってやってこれたんだなと、とても感謝しています。
〜ファンの方から初芝選手宛にメッセージをいただいていますので紹介させてください。「私が一番心に残ったシーンはプレーオフセカンドステージ最終戦の初芝選手です。一塁ベース目指して全力疾走。勝つぞという気迫を感じました。そして見事一塁ベースを踏み、走り抜けながらセーフというゼスチャーをした初芝選手の顔、大好きな野球を全力で楽しんでいると感じました。PVのマリンスタジアムもすごい歓声でした。選手のいない雨の降りつけるグラウンドに向かい初芝コールが鳴り響きました。すごかったです、感動しました。そして勝利を、日本一を確信しました。ありがとう、初芝選手という思いで一杯です。」というメッセージなんですけど、本当にたくさんの応援メッセージをいただいたんでしょうね。
本当にありがたいですよね。いっぱいいただきましたね。
〜では、最後の質問です。ファンの皆さんにメッセージを一言いただけますか?
僕はこれで退くんですけど、チームはこれから2連覇、3連覇と目指していくのでね、僕もそうですけど、皆さんと一緒に見守っていきたいと思います。
〜初芝清選手のインタビューでした。
インタビューはここで終わりですが、番組の最後に初芝様からのリクエスト曲が流されました。
〜初芝さんの、こんな歌に助けられた、または背中を押してもらった、パワーを与えてくれた曲を教えてください。
印象に残っているのはタイトル取った年によく流れていたB’zのラブファントムですね。これを聴くと「ああー活躍した年だなー」ってすぐ思い浮かんでくるんですけどね。あとは何だろう?
〜初芝選手といえば、ヘビメタが大好きと。
そのとおりでございます。
そういう系統のほうが聴くのは多いですね。日本の歌も聴くんですけど、なかなかこう、思い浮かんでこないんですよ。ヘビメタのほうは思い浮かんでくるんですけどね。
〜優勝の日の試合前は、何の曲を聴いていましたか?
いやもうヘビメタ。キルスイチエンゲージというグループの、題名がちょっとわかんないんですけどね、その曲を繰り返しでずーっと聴いていましたね。
入団したときに聴いたのは爆風スランプのランナーですかね。この曲は寮生活していた時によくかかっていた曲で、サビの部分なんか、ずーっと印象に残ってますね。
〜爆風スランプのランナー、その年に入団だったんですね。
そうです。
〜わかりました。ではその曲をかけさせていただいてよろしいでしょうか。
はい、いいです。
〜では今日は本当にお疲れ様のところありがとうございました。そして本当にありがとうございましたお疲れ様でした。
ありがとうございました。
ありがとうございます。
〜9月22日の初芝選手の引退セレモニーの時、「日本一になってバットを置きたい」とおっしゃってましたけれども、実現しましたね。
実現してくれて本当に良かったです。
〜今年の千葉ロッテなんですけれども、見ている側も大感動、そして大躍進の1年だったんですが、選手の皆さんはどんな気持ちだったんでしょう。
みんな楽しんで野球やってましたね。
〜初芝選手にとって、この1年はどんな年でしたか?
プレーに関しては、なかなか試合に出場できる機会に恵まれませんでしたけど、チームの勝利が優先ですから、そういう部分では、僕も僕なりに楽しんでやってました、
〜去年からいい風は吹いてきていましたけど、今年の千葉ロッテの大躍進、ベテランの初芝選手から見て、どんな点が変わったと思いますか?何が決め手だったんでしょうか。
昨年のプレーオフを0.5ゲーム差で出場を逃したっていうのが選手全員の心に残っていましたのでね。やはり0.5ゲーム差ってのはたった1勝の差なんですよ。だから一つの試合に関して、絶対に勝つっていう、そういう気持ちが昨年より強かったと思いますね。
〜選手一人一人が同じ?
そうですね。同じ目標に向かって一つになれましたね。
〜巷ではボビーマジックなどといわれてますけれども、この強さの秘密なんですが、システム化されているとか、そういったことも聞くんですが、システム化されているとしたら、来年もこの強さは。
それはこれからも続けていかなければいけないところでもあるし、ボビーの戦略に対して、今年は一人一人の選手がちゃんと期待に応えられたんで、来年はもっと、そういう部分ではレベルが上がっていくと思うんで、それを実行できる選手が頑張って欲しいなと思います。
〜そしてこの間の日曜日ですけれども、人手が24万人という優勝パレードだったんですが、私も沿道で「初芝さーん」と応援してたんですけど、あの人手を見てどんな感想をもたれましたか?
最初はニコニコしてたんですけど、ふと途中で、ああ俺はもう来年から経験できないんだって思っちゃった時から、すごく気持ちがブルーになっちゃったんですよね。
〜それはいつごろ?
幕張の。球団のご好意で、僕はオープンカーに乗さしていただいたんですけど、半分過ぎたぐらいからですかね、マリンスタジアムが見えてきたっていうぐらいに、ああもうこれ経験できないんだ、って思っちゃったら・・・。もう余計に笑っとこうと思って(笑)
〜「初芝さーん」「初芝さーん」というコールが本当に多かったですね。耳に届きました?
皆さんの声が、「お疲れ様」っていう声が一番多かったし、やはり「今までありがとう」って言われたのが、すごく印象に残りました。
〜本当にファンは「ありがとうございました」だったと思うんですが、17年間お疲れ様でした。
ありがとうございました。
〜私も引退セレモニーを見ていたんですが、本当に大感動でした。よく選手の皆さんは走馬灯のようにいろんなことが頭に浮かぶって言いますけど、初芝選手は引退セレモニーで挨拶をするときどんなことを脳裏に浮かべていたんですか?
引退セレモニーをやっていただくっていうのはなかなかないことですし、普通の引退セレモニーというのは、それが終わったら次の日からユニフォームを着ないっていう、そういう感じのが多いわけですから、皆様に挨拶する言葉もね、普通だったらここで終わりっていうのであれば言葉が違ったと思うんですが、まだ先があったんで。でもあそこで僕が言ったことで、チームもファンも一つになってくれたのかな、と思ったんで、そのとおりになってくれて本当に良かったと思いますし、またそれを実現させてくれたチームにもとても感謝しています。やはり優勝したいという気持ちではなくて、優勝できるという気持ちの表明だと僕は思ってましたんで、ホント良かったです。
〜引退を決めた理由を聞かせていただけますか?
理由としてはやはり体の、今まで怪我をした部分が、プレーに対して、もうちょっとごまかしがきかなくなったというのが一番の原因ですね。
〜セレモニーのときはお子様から花束を受け取っていらっしゃいましたけど、ご家族は初芝さんの引退の決断に対してなんと言っていましたか?
「お疲れ様」の一言ですね。
〜お子様達は?
一緒です。「お疲れ様」です。
〜誰からよりも、なによりのお疲れ様ですかね。
そうですね。
〜さて、ここで初芝選手の長い野球人生を振り返って見たいと思うんですけども、野球は小さい頃から好きで。
野球は小学校4年の頃からですね。始めたのは。
〜どなたかの影響はあったんですか?
それまではボーイスカウトに入ってまして、で、家の事情で引っ越すことがありまして、引っ越した先にボーイスカウトの団体がなかったんですよ。それで「野球のチームに入らない?」って誘われたのがきっかけですね。
〜じゃあ引越し先にボーイスカウトの団体があったら人生変っていたかもしれませんね。
野球はやってなかったかもしれませんね。
〜当時プロ野球であこがれた選手っていましたか?
やはり長嶋さんとか王さんとかですね。
〜そしてその後東京の二松学舎大付属高校、そして社会人野球、東芝府中ですよね。初芝さんにとって社会人野球での経験はどんなプラス面がありましたか?
僕の体とか体力を作ってくれたのが東芝府中です。
〜東芝府中時代の思い出ってありますか?
もうきついことしか頭になかったですね。毎日死ぬかと思いましたけど(笑)
〜プロ野球と比べてどうでしたか?
それを経験してたので、プロに入ったときはすごく練習が楽だなって思いました。
〜そして1988年、ドラフト4位で当時のロッテオリオンズに入団したわけですが、プロ入りしたときの気持ちって覚えていますか?
そのときは嬉しかったんですけども、そこで満足はしなかったですよね。高校生社会人の頃から、自分はプロ野球選手になれると思ってやってましたから、ここからがスタートっていう気持ちのほうが強かったです。
〜当時のロッテはあこがれの球団だったわけですか?
それは、なかなか、あのー。ドラフトですので、そういう部分では他の球団からオファーとか調査みたいなものもありましたし、どこに入るかっていうのは考えていませんでした。ロッテオリオンズから指名されて、縁あって入団しましたって感じですかね。
〜そして17年。今ではミスターロッテとなった初芝選手なんですけど、主だった活躍としては1995年に打点王を獲得、そしてこの年にベストナインにも選ばれています。そしてロッテはこの年2位の成績を残していますが、このときがバレンタイン最初の・・・。
最初の年ですね。
〜そして2004年。37歳で1500安打達成。94年、95年、96年、98年とオールスターにも出場されています。そして、2003年の代打7打席連続ヒットという記録なんですけども、色々な記録がある中で、これは?
まあ、誇れますよね。毎試合の記録じゃないので。1打席立ったら2試合空いた3試合空いた、そしてまた1打席、また3試合空いた1打席、そういう感じで作った記録なので、なかなか公には出ない記録ですけれども、その記録で代打陣がヒットを打つ大変さっていうものがあって、その中で結果を出せたのですごい誇りに思いますね。
〜モチベーションはどうやって保つのですか?
集中力のメリハリがメインでしたね。オンとオフのスイッチをうまく切り替えられた結果です。
〜中軸の4番を後輩に譲る、そのあたりの気持ちの切り替えなんですけど、サポートする側に回るとき、どんな気持ちの切り替えを初芝選手はされたんですか?
チームとしては歯車が欠けてもなかなか成り立たないものですから、そのまま試合に出てるメンバーもいますし、控えとして準備しているメンバーもいて、初めてチームが成り立つんで、4番から退いたとか、そういうことに関しては、全然思わなかったですね。
〜ここで、初芝選手をずっとずっと見てきたというファンの方々から、初芝選手の思い出アンケートというのを番組でとったんですね。一つ一つ答えて頂きたいと思います。まず2001年。突然金髪にして周囲を驚かせたということがありましたが、これは何故やったのか、もうしないんですか?ということですけど。
僕がいつも行く床屋さんがあるんですけど、そこのご主人が、「初芝さん、たまにはブリッ・・・ブリーチでもしてみますか?」って言われたときに、僕そのブリーチという言葉を知らなかったんですよね。あっパーマか何かかなと思って、「いいですよ」って言って、出来上がったらまっ金金になっていたんですよ。それが本当の理由なんですけど。
〜そういうことなんですか。じゃあ気合を入れて金髪にした、というわけじゃなかったんですね。
いや、そのときに始めてブリーチという言葉の意味を知りましたね。
〜あの金髪ですけど、我々ファンも驚いたのですが、周りの反響はどうでしたか?
それで家に帰ったら、子供が逃げていきましたね。
〜奥様は?
「何それ」って言われましたね。
〜ご自身ではどうでしたか?気に入ってたんですか?
いやぁ、まあ、まんざらじゃなかったかなーと思ったんですけどね。
〜そういったことでやった金髪だったんですけど、もうしないんですか?
もうね、いいおじさんですから、そういうことはできないですね。
〜わかりました。では2番目いきます。ユニフォームの着こなしですけれども、初芝選手だけオールドスタイルを守っているのは何故ですか?
昔からそういう着こなしだったというか、アマチュアの頃からそうでしたし、1回か2回ぐらい、足首までズボンを下ろしたんですけど、やっぱり周りの反響が悪くて。で、僕もそういう風にユニフォームを履いているときは、なんかこう、変だなと、落ち着かないなというのがあったんで、結局は、オールドスタイルに落ち着いたんですよね。
〜写真なんかを見ても(オールドスタイルは)初芝選手一人ですよね。
よく言われるのは、どこにいてもすぐ分かるのがありますね。
〜後輩の方にオールドスタイルを引き継いでくれるのはいないんでしょうか。
うーん。これから出てくれることを願います。
〜なくなるのはさびしいですからね。はい。そして次なんですけど、コンタクトを使う選手が多い中、なぜ初芝選手は眼鏡で通したんですか?
眼鏡のふちが金色なのは、さっきの金髪との絡みもありまして、それでこの色にしてたんですけどね。それがずーっと最後までこれになりましたね。
〜コンタクトにするという考えはありませんでしたか。
当時僕は乱視が強くて、コンタクトだと乱視が矯正できないっていうことでしたし、一時期コンタクトも入れたんですけど、あまりにもマリンの風が強すぎるもので、守備ついて帰ってくるとコンタクトがないことがあるんですよね。僕は結構ドライアイが強いもので、気付くとなくなっているんです。これじゃだめだ、と思って眼鏡に落ち着いたんです。
〜ファンにとっては眼鏡と初芝選手っていうのは一体化してますのでね。
まあ、それは嬉しいですけどね。
〜そして次に打撃フォームなんですけど、バットを構えたときに右手人差し指をぴーんと立てる、極端にそのポーズが目立ったときはがんがん打っていた印象がある。意識的にやっていたんですか?また何故やっていたんですかという質問が来ています。
ああ、右手の人差し指は、バットを振るのにいらない指なんですよ。僕にとっては。だからあってもなくてもバットを振るには影響なかったんで、あとはリラックスするために一本指を外すっていうのはありましたね。
〜ジンクス的なものもあったんですか?
うーん。ずっとそういうふうに振っているので、あんまり言われないと自分でも離しているのか離していないのかと。それぐらい人差し指の意識がないんで。
〜ぴーんと立てていた時はかなりがんがん打っていたそうですよ?
それは今度もう一回ビデオを見てみます。
〜背番号6。誰が受け継ぐのか気になります。ファンとしては永久欠番も嬉しいのですが、どの後輩が受け継ぐのか、そこにもロマンを感じます。球団が決めることだとは思いますが、初芝選手、できれば誰に渡したいですか。
誰、というのは特にないですけど、一部の選手から、内部では6番争奪戦が始まってますよと聞きました。
〜誰ならば。
まあどうなんですかね、そこらへんは。でも、自分が今までつけていた番号を引き継いでくれる選手は活躍してもらいたいし、自信をもって「6番をくれ」と言える選手が出てくるのを願いますね。
〜ファンの皆さん、新しいシーズンで誰が6番をつけるのか、そのあたりはぜひ期待していただきたいと思います。では次の質問なんですが、今のロッテならホワイトソックスと戦っても、勝てる。
勝てると思います。
〜やはりこれは真のワールドシリーズという声もありますが。
僕は勝てると思います。
〜そして、現役生活で一番印象に残っているのはどの試合ですか、という質問です。
プレーオフセカンドステージの第五戦です。やはり優勝を決めた試合ですね。
〜優勝を決めた試合ってどんな気持ちだったんですか?
まさかその場で守っているとは夢にも思ってませんでしたからね。だからそっちの方で感無量でした。堀君がね、優勝はしたいけど、とにかく決まる瞬間にグラウンドにいたいってずーっと言ってたんですよ。それ僕できちゃったんで、本当に嬉しかったです。みんな経験無いことですからね、その瞬間には9人しかグラウンド上にいないわけですから、その中の一人でいられたというのはもう、嬉しいのを通り越しちゃってますね。
〜野球をやっていて一番嬉しかったことは何ですか?
もう優勝しかないです。今まで17年間追い続けてきた目標、これが達成できたというのが一番印象にあります。
〜引退ということで、チーム名との皆さんにはどんな言葉を残しましたか?
うーん、まあ、これからは、ファンと一緒に応援しますので、と言いました。
〜初芝選手にとって千葉ロッテマリーンズ、そして野球とは。
永遠に追い続けられる夢ですよね。夢をずっと持続できるものですね。
〜夢をずっと持続できるという言葉をいただいたところで、気になるのは初芝選手の今後なんですが、もう決められたんですか?
いやぁ、そのあたりはまだ、未定ですね。
〜まだまだゆっくり考える?
そういう時期ですね。
〜ファンの方はですね、「もちろんコーチとして残ってくれるんですよね?打撃コーチを熱望する声多数」ということなんですが?
さすがに守備コーチにはなれないのでね。(笑)今まで育てていただいたロッテ球団に、どんな形でもいいから恩返しできればなと思います。
〜今一番何がしたいですか?
やはり家族と一緒にいる時間を多くとってみたいですね。今まで取れなかったもので。
〜奥さんには本当に感謝でしょうね。
もう本当ですよね。
〜面と向かってねぎらいの声をかけたことはあったんですか?
うーん、まあちょこっとは言いましたけどね。
〜日本一のファンといわれるロッテファンですけど、初芝選手にとってファンの存在はどんなものだったんですか?
僕の中での誇りですよね。17年間変わらず応援していただいたので、ファンとともに自分がこうやってやってこれたんだなと、とても感謝しています。
〜ファンの方から初芝選手宛にメッセージをいただいていますので紹介させてください。「私が一番心に残ったシーンはプレーオフセカンドステージ最終戦の初芝選手です。一塁ベース目指して全力疾走。勝つぞという気迫を感じました。そして見事一塁ベースを踏み、走り抜けながらセーフというゼスチャーをした初芝選手の顔、大好きな野球を全力で楽しんでいると感じました。PVのマリンスタジアムもすごい歓声でした。選手のいない雨の降りつけるグラウンドに向かい初芝コールが鳴り響きました。すごかったです、感動しました。そして勝利を、日本一を確信しました。ありがとう、初芝選手という思いで一杯です。」というメッセージなんですけど、本当にたくさんの応援メッセージをいただいたんでしょうね。
本当にありがたいですよね。いっぱいいただきましたね。
〜では、最後の質問です。ファンの皆さんにメッセージを一言いただけますか?
僕はこれで退くんですけど、チームはこれから2連覇、3連覇と目指していくのでね、僕もそうですけど、皆さんと一緒に見守っていきたいと思います。
〜初芝清選手のインタビューでした。
インタビューはここで終わりですが、番組の最後に初芝様からのリクエスト曲が流されました。
〜初芝さんの、こんな歌に助けられた、または背中を押してもらった、パワーを与えてくれた曲を教えてください。
印象に残っているのはタイトル取った年によく流れていたB’zのラブファントムですね。これを聴くと「ああー活躍した年だなー」ってすぐ思い浮かんでくるんですけどね。あとは何だろう?
〜初芝選手といえば、ヘビメタが大好きと。
そのとおりでございます。
そういう系統のほうが聴くのは多いですね。日本の歌も聴くんですけど、なかなかこう、思い浮かんでこないんですよ。ヘビメタのほうは思い浮かんでくるんですけどね。
〜優勝の日の試合前は、何の曲を聴いていましたか?
いやもうヘビメタ。キルスイチエンゲージというグループの、題名がちょっとわかんないんですけどね、その曲を繰り返しでずーっと聴いていましたね。
入団したときに聴いたのは爆風スランプのランナーですかね。この曲は寮生活していた時によくかかっていた曲で、サビの部分なんか、ずーっと印象に残ってますね。
〜爆風スランプのランナー、その年に入団だったんですね。
そうです。
〜わかりました。ではその曲をかけさせていただいてよろしいでしょうか。
はい、いいです。
〜では今日は本当にお疲れ様のところありがとうございました。そして本当にありがとうございましたお疲れ様でした。
ありがとうございました。




ロッテチームの監督を務めるそうですよ。