イギリス紀行2006 〜英国紳士への道〜 第3回
夜のピカデリーサーカスでサッカー観戦?
 

ピカデリーサーカスの中華街

1日目 2006年2月22日 (水)
この日は夜から欧州チャンピオンズリーグのチェルシー対バルセロナ戦。スポーツバーで観戦しようとロンドン一の繁華街、ピカデリーサーカスへと向かうのですが・・・。


3.夜のピカデリーサーカスでサッカー観戦?

 荷物を置き一休み。時刻は夕方6時を回った。あと1時間少々でチェルシー対バルセロナ戦が始まる。スポーツバーで観てもいいが、やはりスタジアムの周辺でサポーターの熱気を味わいたいと友人は言う。チェルシーの本拠地スタンフォードブリッジまでは地下鉄で5駅。途中で乗り換えがあるものの、30分あれば着くだろう。
 しかし、ベッドに横になったとたんに長旅の疲れがどっと押し寄せてきた。体がだるい。これではいけないと日本から持参したユンケルを飲んでみたら逆に気分まで悪くなってきた。13時間にも及ぶ飛行機の旅、そして9時間の時差。正直なめていた。時差ぼけがこれほどとは思わなかった。それなのに旅慣れた友人はケロッとしている。さすがだ。

 しかしロンドンには4日間しかいられないのだ。ホテルで寝ている場合ではない。体調はすぐれないが、とりあえず出かけることにした。ハンマースミス駅から地下鉄ディストリクトラインに乗り、3つ先のアールズコート駅に向かう。スタジアムのあるフラムブロードウエイ駅はここで乗換えて二つ目だ。不思議なことに乗り換える路線もディストリクトラインという。ディストリクトラインはテムズ側に沿って東西に延びる本線と、エッジウェアー駅からパディントン駅を経由し、アールズコート駅で本線と交わりウインブルドン駅に向かうちょうど南北に延びる形の支線、さらにアールズコートからオリンピア間での支線とターンハムグリーンからリッチモンドまでの支線からなっている。何故同じ名前にしてしまったのか分からないが、東西線と南北線で直通する電車があるからかもしれない。そんなわけでディストリクト線のアールズコート駅のホームには5方面に向かう電車が次々と入ってくる。不親切な案内と放送が普通なロンドン地下鉄もここは例外で、ホームには「次の○○行は何番線」と言う電光掲示板があるし、行き先の案内放送も頻繁だ。スタジアムに向かう我々はウインブルドン行の電車に乗ればいい。ホームで待っていると、お目当ての電車はすぐにやってきた。

 ところが、試合開始まであと30分あまり。当然電車は混んでいた。それも日本のラッシュ並みに。普段ならなんともないのだが、この体調ではまずい。たった二駅でも吐きそうだ。1、2本電車を見送ってみたが状況は変わらない。混んでいる電車には乗れそうにない旨を友人に伝え、スタジアム行きは断念してもらった。友人には申し訳ないが、立ちっぱなしはきつい。

 そこで、当初の予定通り、ピカデリーサーカスにある有名なスポーツバーに向かうことにした。アールズコート駅からピカデリーラインで一本だ。階段を降り地下ホームから電車に乗る。多少混みあっていたが、何とか空席にありつけた。地下鉄に揺られること約15分、ピカデリーサーカス駅に着いた。地上へと向かうエスカレーターの入口で流しのミュージシャンがギターをかき鳴らしている。床に置かれたギターのケースに次々と小銭が投げ入れられている。この手のミュージシャンは日本でも見かけるが、お金を入れる人の数は明らかにロンドンのほうが多い。地上に上がるとピカデリーサーカスのシンボルであるエロス像が目に入る。近くにあるコカコーラの巨大なネオンサインに照らされ怪しく輝いているが、街の照明はどちらかと言えば暗く、どんな形なのか細かいところまでは分からない。周囲を見回すと、さすがロンドンを代表する繁華街だけあって夜でも人通りが多い。まずはお目当てのスポーツバーを目指して歩き出した。ガイドブックにも乗っているので迷うことはない。5分ほどで看板が見えてきた。なにやら黒山の人だかりが出来ているのは気のせいか。店に近づいてみると、人だかりに見えたのは行列だった。店内に人が入りきらずに入場規制を行っているようなのだ。ガラス張りの店内は人で一杯。とても入れる雰囲気ではない。しょうがないので他の場所を探すことにした。人気クラブ同士の対戦だ。どこかのパブで中継を流しているだろう。

 いったん駅まで戻り、パブを探す。パブや飲食店は至る所にあるのだが、サッカー中継を流している店が見つからない。20分ほど歩いてようやく一軒見つけたが、座席はすべてふさがっており、しかも店内は立ち客で満員だった。立ち飲みなら可能だが、酒を飲める体調ではないし、タバコ臭いのは苦手だ。90分立ちっ放しもきついので注文はせず、そのまま店の外に出た。2月のロンドンの夜は頬を刺すような寒さだ。London Trocaderoという大きなショッピングモールなら放映されているかもしれないと中に入ってみた。1階にWHITTARDという紅茶の店があったので立ち寄ってみる。お土産を買おうかと店内を眺めていると店員のお姉さんがパイナップルの紅茶を勧めてくれた。試しに飲んでみたが非常に甘い。これはパスだ。普通の紅茶をいくつか買い、エスカレーターで上の階に上がってみた。色々見てみたのだが、映画館やゲームセンターはあってもサッカー中継をやっていそうな場所はなかった。時刻は20時半を過ぎている。もうじき前半戦も終わるだろう。歩き回るうちに少し気分がよくなり、頭が冴え、腹が減ってきた。サッカー観戦はひとまずあきらめて何か食べようということになり、チャイナタウンに向かう。中華料理になったのは胃に優しいおかゆでも食べようかという友人の配慮だ。
 
 ピカデリーサーカスのチャイナタウンは横浜中華街を少し小さくしたような感じだ。赤い提灯がたくさんぶら下がる道の両側に中華料理屋がずらりと並んでいる。どの店のメニューを見ても高い。10〜15ポンド、日本円にして2000〜3000円以上である。安くておいしそうな店はないかと探していたら、8ポンドほどでセットのメニューがある店を発見し、そこで食べることにした。店内は白を基調とした小奇麗な作りで、中国人に限らず様々な人種でいっぱいだ。意外と白人が多く、彼らが普通に箸で食べているのに驚いた。メニューはスープにチャーハン、そしておかずが3品。肉と野菜の炒め物や、肉とナッツの炒め物があったような気がする。すきっ腹に染み渡る辛さだったが、値段の割には美味しかった。

 店を出てしばらく街中をぶらついた後、最初に立ち寄ったスポーツバーに戻ってみた。相変わらず店内には入れなかったが、行列はかなり短くなっており、店の外から充分に店内のテレビをのぞくことができる。すでに後半15分を経過し、1−0でチェルシーが勝っているようだ。どうもオウンゴールで先制したらしい。しかし後半20分過ぎにバルセロナがラーション、シルビーニョを立て続けに投入するとそれまで互角だった流れが徐々にバルセロナに傾いていった。だんだんバルサの動きが良くなっていく。ロナウジーニョが縦横無尽に動く。パスが面白いように決まる。そしてついに後半26分、チェルシーは自らのオウンゴールでバルセロナに追いつかれてしまった。スポーツバーの内と外で歓声が上がる。不思議なことに渋い表情の客より喜んでいる客のほうが多い。ふと見回すとスペイン語を話す人が目立つ。チケットを取れなかった遠征組がスポーツバーに流れているのかもしれない。

 同点にされたあとはチェルシーが防戦一方となった。10人でよく持ちこたえたのだが後半35分にエトーの逆転弾が決まると敗色濃厚になってしまった。勢いに乗るバルセロナはさらにメンバーを替えてくる。友人に、「今度は誰が出てきたんだ?」と聞くと、「イニエスタ。まだ若いよ。カンテラ出身だしこれから出番が増えるだろうね」とのこと。「ほーイニエスタか。なるほどなるほど」と言ってみたが、実はよく知らない。分からないままにイニエスタの名前を連呼していると、前に並んでいたスペイン人が声をかけてきた。
「君らはイニエスタを知っているのか?実は俺もイニエスタって言うんだ」
彼はそう言うと、おもむろに身分証明書を見せた。確かに名前の欄にイニエスタと書いてある。そしてもう一度彼は言った。
「マイ ネーム イズ イニエスタ」
「あっ本当だイニエスタって書いてあるよ」
私が身分証を覗き込みながら日本語で言うと、
「イニエスタ イズ マイ カズン」
と誇らしげに言う。どうやら今出てきたイニエスタの従兄弟らしい。本当かどうかは分からないが、我々は歓声を上げ、笑いあった。しかし明らかにチェルシーびいきの我々とこれ以上話が弾むわけもなく、やがて彼はどこかに行ってしまった。試合はそのまま1対2でチェルシーが負けた。ちょっと嫌な負け方だ。3日後にはチェルシー対ポーツマス戦を観戦するのだが、それまでに立て直せるのだろうか。少し心配になった。

 試合も終わったので、ホテルへの帰路につく。時刻はもう22時を回っている。とにかく疲れた。早く寝て明日に備えたい。幸いピカデリーサーカスからホテルへは地下鉄ピカデリーラインで一直線だ。夜も遅いせいか二人並んで座れた。さすがの友人もウトウトしている。電車の中で眠れるのは日本だけだという言葉が頭に浮かぶ。ここはイギリスだ。寝ている隙にすりにやられるかもしれない。しかし疲れているので油断すればすぐにでも寝てしまいそうだ。周りを見るとイギリス人も眠っている。しかし眠るわけにはいかない。友人に上野から乗って熊谷で降りるはずが寝過ごして富山に行ってしまったという剛の者がいるが、富山なら距離は長くとも同じ日本だ。ここはロンドンだし、目が覚めたら見知らぬ土地で言葉が通じないという事態だけは避けたい。しかもロンドンの地下鉄は乗り越すと罰金だ。清算というシステムは無く、20ポンドも取られてしまう。我々は睡魔と闘いながら地下鉄に揺られ、それでも何とか乗り過ごすことなくホテルに戻ることができた。部屋に戻り、シャワーを浴び、力尽きるように眠りについた。

夜のピカデリーサーカス
夜のピカデリーサーカス。中央にあるのがエロスの像。かなり人でにぎわっている。

ピカデリーサーカスのネオンサイン
夜のピカデリーサーカスに輝くネオンサイン。日本企業が目立つ。

ピカデリーサーカスの中華街1
ピカデリーサーカスの中華街

ピカデリーサーカスの中華街2
ピカデリーサーカスの中華街

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