
「スポーツマネジメントの明日を考える 〜CRM成功と失敗の本質〜」というセミナーに参加してきました。
セミナーでは千葉ロッテマリーンズ事業部長の荒木重雄氏が千葉ロッテマリーンズにおけるCRM導入の経緯と成果、および展望について話をされました。
このセミナーは荒木氏がメインと言うわけではないのですが、荒木氏の業績はスポーツビジネスの成功例として注目されていることもあり、讀賣、西武、ヤクルト、大宮アルディージャ、FC東京など各スポーツチームの営業担当者の顔もチラホラ。あの高木大成も西武の担当者として出席していました。
ところで、CRMとは何のことでしょう。
誰ですか?「千葉ロッテマリーンズの略」と答えた奴は。
それじゃROTTEですよ。マリン十周です。
もちろん「チャンスでランナー返せず無得点」の略でもありません。
CRMとは「Customer Relationship Management」の略で、日本語に直せば顧客関係管理となります。
分かりやすく言うと、顧客ごとのニーズや特性を把握、分析し、それそれに最適なマーケティング手法を考えていこうというものです。
CRMの軸となるのはITを活用した情報システム。詳細な顧客データベースを構築することで商品の販売からアフターサービス、苦情処理まで一元的に管理し、それぞれの顧客のニーズにきめ細かく対応していきます。これにより顧客の満足度を高め、顧客のリピーター化、さらには固定客化を目指すのです。固定客が増えればそれだけ収益が安定するわけですね。
で、そのCRMを千葉ロッテマリーンズはどのように導入したのか。
今日は荒木部長の話をまとめつつ、千葉ロッテマリーンズが導入を進めるCRMの現状と課題について考えてみたいと思います。
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〜荒木氏が導入を進めるマリーンズ独自のCRMとは〜
荒木氏が導入を進めるマリーンズ独自のCRM。その仕掛けは以下のものです。
■ 屋台、イベントなど球場のボールパーク化
荒木氏はスポーツビジネスを「時間消費型」の産業と表現します。つまり限られた時間をマリーンズに使ってもらう。どこかに出かけるのではなく、マリンに来てもらわねばなりません。首都圏は遊ぶ場所がいたるところにあります。マリーンズはこうしたディズニーランドなど他の時間消費型エンターテイメント産業と競合関係にあるため、これらへ優位性を確保し、差別化を図る必要があります。CRMはその切り札となるのです。
プロスポーツは動員がすべてです。スポンサー収入も含め、すべての収入は動員があって始めて成り立つものなのです。ディズニーランドなどのライバルに勝つためには、マリンスタジアムを一日遊べるエンターテイメント空間にしなければならない、と荒木氏らは考えました。
そこでマリン周辺に屋台を設置し、球場正面にはステージを設けてイベントを頻繁に行うようにしました。また球場内でも飲食店の種類を増やしたほか、試合ごとの花火の打ち上げや○○デーなどのイベント、様々な割引企画を実施しました。球場内外での滞留時間を伸ばすことでエンターテイメント性を高め、たとえ試合に負けても1日中ファンに楽しんでもらう、ファンの満足度を高める仕掛けを次々と作ったのです。負けても球場に来てくれるリピーターを増やそう、という考え方ですね。また球団収入の軸はあくまで入場料収入ですが、ファンの滞留時間を伸ばすことで飲食、グッズ販売などによる収入増も見込めます。
これらの多くは去年から行われていることですが、マリーンズミュージアム、バーマジック、ラウンジのオープン、グッズショップの増設、飲食店の入れ替えなどは今年になってからです。それはマリーンズが今年からマリンスタジアムの指定管理者となったことに起因します。
実はこの指定管理者制がCRM導入の第一歩なのです。
荒木氏はCRM導入のために「ハード(球場)・ソフト(チーム)・サービスが三位一体となること」が重要だと説きます。
つまりハード(球場)が球団から切り離されていると球団はソフト(チーム)だけに頼らざるを得ず、したがって客を呼ぶには勝ち続けるしかない、ということになります。これでは限界がありますし、負けが続くと客が来なくなってしまいます。
そこで必要となるのは、ハードとソフトの一体化です。指定管理者制により、従来市や第三セクターが管理していたマリンスタジアムを球団が管理できるようになりました。増収とリピーター確保のため、様々な仕掛けを打ち出せる体制がこれで整いました。いよいよ次は、CRMの軸となる顧客データベースの作成です。
■ CRMシステムの導入
CRMの導入には顧客情報の収集と分析が不可欠。しかしファンの行動は単にお店に来て物を買って帰る、という単純なものではなく、まずチケットを購入し、球場に来て、グッズを買い、ビールを飲み、ラーメンを食べるという複雑なものです。とても市販のCRMソフトでは追いきれません。
ならば一から作ってしまえ、ということで導入されたのがマリーンズ独自のCRMソフト、「MIX(Marines Integrated Customer Services System)」です。MIXはインターネットを利用したファンクラブシステム「チーム26」を中心に、グッズ販売システムの改良、物販、来場、チケット購入時に付与されるMポイント制の導入、電子マネーの導入、マイレージシステムとの連携、ネットを利用したチケットの前売り制度の開始など、様々なものを含みます。「MIX」の導入により、誰が何試合観戦し、何を購入したかという情報を顧客データベースに反映できるようになりました。またビジター球場で時々開催される「ビジター応援デー」でMポイント(来場ポイント)を付与することにより、遠征を何度もするようなコアファンの抽出がある程度可能になりました。
「MIX」は昨年5月より開発に着手し、今年2月25日から稼動しました。これらのシステムの導入費用は4億円もしたのですが、重光オーナー代行に話を持っていったところ3分で即決。ケチで有名なロッテとしては異例です。いかに入念な下準備をしたか、ということですね。
■ 顧客の声を吸い上げる体制の整備
荒木部長は「まずファンの声を聞く」と何度も繰り返しました。効果的なCRMを実現するためには顧客、つまりファンの意見を吸い上げることが大事なのです。そこで球団はホームページによるアンケートを度々行ったほか、「インターネットが使えないファンの意見はどうするのか」というファンの意見に対応すべく、ファンからの電話問い合わせに対応するコールセンターを設置、さらには球場内にもカスタマーセンターを設置し、直接ファンが球団職員と話ができる場を設けました。これにより様々なチャンネルからファンの声が収集できるようになりました。私は知りませんが、球場で対面式のアンケートを実施したこともあるとか。こうして集めた情報を分析することによってよりよいサービスを提供できるようになる、ということですね。
また、11月28日に行われた月刊「アイ・エム・プレス」主催の第六回ビジネスセミナーでは、球団事業開発担当ディレクター兼マリーンズコンテンツグループディレクターの原田卓也氏が来年度からファンクラブによるSNSを開始すると明言したそうです。はたしてどのような形で展開するのでしょう。
■ 独自メディアの強化
せっかく素晴らしいイベントを企画しても、ファンに来てもらわなければ意味がありません。まずは球団からの効果的な情報発信を行うこと、これがイベント成功の必要条件です。なにもマス媒体である必要はありません。新規顧客の獲得からリピーターの確保に営業戦略の軸足を移すのであれば、ファン、特にファンクラブ会員に情報が伝われば良いのです。
荒木部長が進めたのは「インハウスメディア」の強化。つまり球団独自のメディアを強化する、ということですね。ホームページ、メールマガジン、Marines.tvによるネット動画の提供、球場内で販売されるマッチカードプログラムなどがこれにあたります。球団が発した情報が素早くファンに行き渡るようになれば、より機動的な企画・広報活動が可能になります。
先日球団はある実験を行いました。
以前マリンで非公開の秋季キャンプを行っていた頃、突然球団から送られてきたメールマガジンを皆さん覚えておられますでしょうか。それはこんな内容でした。
「秋季キャンプの最終日だけ一般開放しますよ。テレビの公開収録も行いますからみんな来てくださいね」
「前々日の夕方にメールするなんて場当たり的だな」と、その時は思いました。しかし実はこれ、球団の実験だったのです。
イベントの直前にメールマガジンを流し、実際何人秋季キャンプに来場するか試したところ、実に4000人ものファンがマリンに詰め掛けたそうです。実験は成功。独自メディアによる情報の伝達力の高さが証明される結果となりました。
〜CRMシステム導入の効果〜
マリーンズ独自のCRMは一定の成果を挙げました。
ファンクラブの会員は7万5千人を突破。04年は3万人ですから2年で倍以上です。チケット販売収入は05年が前年比230%、今年もチケット収入は前年比増となったしたようです。特に前売り販売の比率が前年比600%増。これは外野自由席の前売り開始も影響しています。
しかし、荒木氏によるとCRMシステムはまだ導入途上であり、今年は収益面よりもむしろ球団内における変化の方が大きかったようです。
まず荒木氏は、「球団職員の一つ一つの仕事に対する意識が変わってきた」と言います。
今まではルーチン化された仕事をただこなしていただけだったのが、CRMの導入により、収集したデータを基にして部門同士が有機的に連携できるようになったのです。例えばグッズショップの売り上げに占めるファンクラブ会員の比率を算出し販促に活かせるようになりました。チケット販売グループがチケット販売状況や来場者の予測を報告できるようになったため、弁当など他の物販の売り上げも予想できるようになりました。さらに観客動員があまり見込まれない日は積極的にイベントやプロモーションを仕掛けて集客を図る、といったことも可能になったのです。
来年を見据え、荒木氏は11月21日に組織改変を行いました。今まで別々に動いていたチケット販売、マーケティング、プロモーションを担当するグループを統合。これにより様々な横の連携が実現できるでしょう。
荒木氏は、「今年はデータを溜め込んだ年」と言います。集めたデータをどのように活かしていくのか、どのようにリピーターをケアしていくのか。CRM導入の成果が試されるのは来年以降となりそうです。
長くなったのでエントリを分割します。
次回のエントリーではマリーンズが推進するCRMが抱える課題について考えてみましょう。
セミナーで荒木部長の話を聞いてきた その2に続きます。
荒木氏が導入を進めるマリーンズ独自のCRM。その仕掛けは以下のものです。
■ 屋台、イベントなど球場のボールパーク化
荒木氏はスポーツビジネスを「時間消費型」の産業と表現します。つまり限られた時間をマリーンズに使ってもらう。どこかに出かけるのではなく、マリンに来てもらわねばなりません。首都圏は遊ぶ場所がいたるところにあります。マリーンズはこうしたディズニーランドなど他の時間消費型エンターテイメント産業と競合関係にあるため、これらへ優位性を確保し、差別化を図る必要があります。CRMはその切り札となるのです。
プロスポーツは動員がすべてです。スポンサー収入も含め、すべての収入は動員があって始めて成り立つものなのです。ディズニーランドなどのライバルに勝つためには、マリンスタジアムを一日遊べるエンターテイメント空間にしなければならない、と荒木氏らは考えました。
そこでマリン周辺に屋台を設置し、球場正面にはステージを設けてイベントを頻繁に行うようにしました。また球場内でも飲食店の種類を増やしたほか、試合ごとの花火の打ち上げや○○デーなどのイベント、様々な割引企画を実施しました。球場内外での滞留時間を伸ばすことでエンターテイメント性を高め、たとえ試合に負けても1日中ファンに楽しんでもらう、ファンの満足度を高める仕掛けを次々と作ったのです。負けても球場に来てくれるリピーターを増やそう、という考え方ですね。また球団収入の軸はあくまで入場料収入ですが、ファンの滞留時間を伸ばすことで飲食、グッズ販売などによる収入増も見込めます。
これらの多くは去年から行われていることですが、マリーンズミュージアム、バーマジック、ラウンジのオープン、グッズショップの増設、飲食店の入れ替えなどは今年になってからです。それはマリーンズが今年からマリンスタジアムの指定管理者となったことに起因します。
実はこの指定管理者制がCRM導入の第一歩なのです。
荒木氏はCRM導入のために「ハード(球場)・ソフト(チーム)・サービスが三位一体となること」が重要だと説きます。
つまりハード(球場)が球団から切り離されていると球団はソフト(チーム)だけに頼らざるを得ず、したがって客を呼ぶには勝ち続けるしかない、ということになります。これでは限界がありますし、負けが続くと客が来なくなってしまいます。
そこで必要となるのは、ハードとソフトの一体化です。指定管理者制により、従来市や第三セクターが管理していたマリンスタジアムを球団が管理できるようになりました。増収とリピーター確保のため、様々な仕掛けを打ち出せる体制がこれで整いました。いよいよ次は、CRMの軸となる顧客データベースの作成です。
■ CRMシステムの導入
CRMの導入には顧客情報の収集と分析が不可欠。しかしファンの行動は単にお店に来て物を買って帰る、という単純なものではなく、まずチケットを購入し、球場に来て、グッズを買い、ビールを飲み、ラーメンを食べるという複雑なものです。とても市販のCRMソフトでは追いきれません。
ならば一から作ってしまえ、ということで導入されたのがマリーンズ独自のCRMソフト、「MIX(Marines Integrated Customer Services System)」です。MIXはインターネットを利用したファンクラブシステム「チーム26」を中心に、グッズ販売システムの改良、物販、来場、チケット購入時に付与されるMポイント制の導入、電子マネーの導入、マイレージシステムとの連携、ネットを利用したチケットの前売り制度の開始など、様々なものを含みます。「MIX」の導入により、誰が何試合観戦し、何を購入したかという情報を顧客データベースに反映できるようになりました。またビジター球場で時々開催される「ビジター応援デー」でMポイント(来場ポイント)を付与することにより、遠征を何度もするようなコアファンの抽出がある程度可能になりました。
「MIX」は昨年5月より開発に着手し、今年2月25日から稼動しました。これらのシステムの導入費用は4億円もしたのですが、重光オーナー代行に話を持っていったところ3分で即決。ケチで有名なロッテとしては異例です。いかに入念な下準備をしたか、ということですね。
■ 顧客の声を吸い上げる体制の整備
荒木部長は「まずファンの声を聞く」と何度も繰り返しました。効果的なCRMを実現するためには顧客、つまりファンの意見を吸い上げることが大事なのです。そこで球団はホームページによるアンケートを度々行ったほか、「インターネットが使えないファンの意見はどうするのか」というファンの意見に対応すべく、ファンからの電話問い合わせに対応するコールセンターを設置、さらには球場内にもカスタマーセンターを設置し、直接ファンが球団職員と話ができる場を設けました。これにより様々なチャンネルからファンの声が収集できるようになりました。私は知りませんが、球場で対面式のアンケートを実施したこともあるとか。こうして集めた情報を分析することによってよりよいサービスを提供できるようになる、ということですね。
また、11月28日に行われた月刊「アイ・エム・プレス」主催の第六回ビジネスセミナーでは、球団事業開発担当ディレクター兼マリーンズコンテンツグループディレクターの原田卓也氏が来年度からファンクラブによるSNSを開始すると明言したそうです。はたしてどのような形で展開するのでしょう。
■ 独自メディアの強化
せっかく素晴らしいイベントを企画しても、ファンに来てもらわなければ意味がありません。まずは球団からの効果的な情報発信を行うこと、これがイベント成功の必要条件です。なにもマス媒体である必要はありません。新規顧客の獲得からリピーターの確保に営業戦略の軸足を移すのであれば、ファン、特にファンクラブ会員に情報が伝われば良いのです。
荒木部長が進めたのは「インハウスメディア」の強化。つまり球団独自のメディアを強化する、ということですね。ホームページ、メールマガジン、Marines.tvによるネット動画の提供、球場内で販売されるマッチカードプログラムなどがこれにあたります。球団が発した情報が素早くファンに行き渡るようになれば、より機動的な企画・広報活動が可能になります。
先日球団はある実験を行いました。
以前マリンで非公開の秋季キャンプを行っていた頃、突然球団から送られてきたメールマガジンを皆さん覚えておられますでしょうか。それはこんな内容でした。
「秋季キャンプの最終日だけ一般開放しますよ。テレビの公開収録も行いますからみんな来てくださいね」
「前々日の夕方にメールするなんて場当たり的だな」と、その時は思いました。しかし実はこれ、球団の実験だったのです。
イベントの直前にメールマガジンを流し、実際何人秋季キャンプに来場するか試したところ、実に4000人ものファンがマリンに詰め掛けたそうです。実験は成功。独自メディアによる情報の伝達力の高さが証明される結果となりました。
〜CRMシステム導入の効果〜
マリーンズ独自のCRMは一定の成果を挙げました。
ファンクラブの会員は7万5千人を突破。04年は3万人ですから2年で倍以上です。チケット販売収入は05年が前年比230%、今年もチケット収入は前年比増となったしたようです。特に前売り販売の比率が前年比600%増。これは外野自由席の前売り開始も影響しています。
しかし、荒木氏によるとCRMシステムはまだ導入途上であり、今年は収益面よりもむしろ球団内における変化の方が大きかったようです。
まず荒木氏は、「球団職員の一つ一つの仕事に対する意識が変わってきた」と言います。
今まではルーチン化された仕事をただこなしていただけだったのが、CRMの導入により、収集したデータを基にして部門同士が有機的に連携できるようになったのです。例えばグッズショップの売り上げに占めるファンクラブ会員の比率を算出し販促に活かせるようになりました。チケット販売グループがチケット販売状況や来場者の予測を報告できるようになったため、弁当など他の物販の売り上げも予想できるようになりました。さらに観客動員があまり見込まれない日は積極的にイベントやプロモーションを仕掛けて集客を図る、といったことも可能になったのです。
来年を見据え、荒木氏は11月21日に組織改変を行いました。今まで別々に動いていたチケット販売、マーケティング、プロモーションを担当するグループを統合。これにより様々な横の連携が実現できるでしょう。
荒木氏は、「今年はデータを溜め込んだ年」と言います。集めたデータをどのように活かしていくのか、どのようにリピーターをケアしていくのか。CRM導入の成果が試されるのは来年以降となりそうです。
長くなったのでエントリを分割します。
次回のエントリーではマリーンズが推進するCRMが抱える課題について考えてみましょう。
セミナーで荒木部長の話を聞いてきた その2に続きます。
重光ジュニアが4億円のシステム導入を3分で即決というのが一番印象に残りました。
次回のエントリーを心待ちにしたいと思います。