荒木さん

このエントリは「セミナーで荒木部長の話を聞いてきた その1」の続きになります。

前回のエントリでは「スポーツマネジメントの明日を考える 〜CRM成功と失敗の本質〜」というセミナーで荒木部長が話した内容を整理し、マリーンズが導入を試みているCRMの現状と成果をまとめました。今回のエントリでは、荒木部長の話からは見えてこなかった課題を整理してみたいと思います。

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まず、主催者のデータスタジアムによると、今回のセミナーの趣旨は以下の通りでした。少し長いですが引用します。


スポーツ・ビジネスに導入する際、まず、このビジネスは基本的に、「集客」が最も重要であることに留意する必要があります。となると一般のビジネスにおける「CRM」目的の「収益率の極大化」はプライオリティーが下がります。最良の顧客は、多額の金を使う客ではなく、「足しげく通ってくれる客」すなわちハード・リピーターであり、スポーツ界では「サポーター」と呼ばれます。この層のニーズを把握すること、「サポーター」を増やすことが何より優先されるべき最大の課題なのです(「サポーター」は応援で会場を盛り上げ、口コミで仲間という顧客を増やし、クレームによってCS情報を「無料」で提供してくれる立派な経営資源です)。

では、ここで質問です。サポーター像をどれだけ明確に捉えているでしょうか? そもそも理解しようという努力は充分なのでしょうか?
「あなたは現状の集客に満足していますか?」 答えがYesであれば、このセミナーにお越しになる必要はありません。
「顧客/来場者/サポーター」のニーズや不満を充分把握していますか?」 答えがYesであれば、やはりお越しになる必要はないでしょう。
「現状の顧客像を理解したいと思いますか?」 もしこの問いに対する答えがYesであれば、本セミナーへの参加をお勧めいたします。


これを読んだ私はてっきり荒木部長がCRMの導入によってどのようにコア層のニーズを掴み、どのようにコア層のケアを行っていくのかを話してくれるものと思っていました。しかし実際はCRM導入の成果と簡単な展望について言及するにとどまり、ファンをリピーターにした後の話、コア層のつなぎとめに関する話はありませんでした。

おそらくコア層のケアはこれから考える、と言うことなんでしょう。しかしそんな悠長に構えている場合ではありません。
冒頭にあるとおり、スポーツビジネスにおけるCRM導入の最大の目的は、顧客をリピーター、さらにはサポーターへと育成していくことです。しかしマリーンズがこの目的に向かって進んでいるとはとても思えません。現状はむしろ逆で、ネット上の掲示板やブログを見ていると、どうやらコア層のファン離れが徐々に進んでいるようです。私の友人もいつの間にか柏レイソルサポになってしまいました。彼は最近よく、「最近のマリーンズは何か違う」と言います。いったい何が違うのでしょう。

以前私は「マリーンズのファンサービスはどこへ行くのか」というエントリで、球団が示す方向性への疑問と不信について述べました。「関東黒鴎組通信 Returns」さんも球団のファンサービスのの方向性に対し批判的な意見を述べておられます。またビアスタジアムについても「We Are 26th!!」さんが苦言を呈されています。一般に成功事例として語られることが多いビアスタジアムですが、ファンの間での評価はかなり分かれているのです。

「球団がどこを向いているのか分からない」
「球団がいったいどのようなファンをターゲットとしているのか?」
「既存のファンをないがしろにするな」
「新規ファンばかりに目を向けるな」


聞こえてくるのはこんな声。
要するに、コアなファンの中には「自分達のニーズや不満を分かっていない」と感じている層が多い、ということです。
おそらく球団が想定するコアファン像と、実際球団に対し不満を感じているコアファンの実像がかなりズレているのではないか、と思われます。

荒木氏は「ファンの声をよく聞くことが大事」と言いますが、本当にファンの声を聞いているのでしょうか。実際のところ荒木氏の姿勢が末端部まで行き渡っているのかは疑問です。その証拠に以前話題となった「voice26」というご意見募集フォームは現在トップページからのリンクが外されてしまっています。球団への問い合わせは電話でしろと言わんばかり。チーム26のページを良く見るとメールアドレスが載っているものの、現在の球団公式ページからは積極的にファンの意見を聞こうという姿勢が感じられません。CRMの理念を単なるお題目にしてしまわないためにも、「voice26」へのリンクを復活させてほしいものです。

また、CRMを導入しようにも肝心の足元がおろそかになっている、という問題点もあります。ファンフェスなどで見られた企画部隊の暴走もそうですし、それ以上に実際ファンと接する窓口職員や会場整理を担当する係員の対応が最悪なのです。せっかくイベントが成功しても、現場係員の対応がまずければ「二度とマリンに来ない」と思われてしまうかもしれません。特に会場整理を担当する係員の不手際はあちこちで指摘されています。私が見た限りでも案内の不手際からビアスタジアムの前日にAゲートの入場列が二つできてつかみ合いの喧嘩に発展したり、北海道物産展では特設テントの列整理が行われずジンギスカン丼を購入できないファンが多数発生するといった事件がありました。一度ネガティブなイメージができてしまうとなかなか拭い去れないものです。特に食べ物の恨みは尾を引きます。客にとっては正職員だろうと警備会社だろうと派遣だろうと関係ありません。どれも同じ球場職員です。CRMの理念を現場レベルで共有するために、接客態度の改善に向け徹底した再教育が必要になるでしょう。

球団経営におけるCRMの導入。それ自体は大変素晴らしいものです。しかし、導入への道のりは大変厳しいものと言わざるを得ません。
CRMの基本は顧客情報を分析してそれぞれの志向や特性に合ったアプローチを仕掛けることです。しかし、一口にマリーンズファンと言っても様々です。

ファンの中身は多種多様。特に最近はファンの人数が増えてそれがより顕著になりました。
一例を挙げると、マリーンズが強いからファンになった層と、マリーンズが弱いからファンになった層では動機や志向、マリンでの楽しみ方やゲームの見方がまったく違います。前者と後者を同一視して同じ戦略の元にマーケティングを仕掛けても、多くの場合それは失敗に終わってしまうでしょう。なぜならイベントを行った結果前者が満足したからといって、後者が満足するとは限らないからです。むしろ私の周りでは「イベントなんかいらない」、「俺たちはマリンに野球を見に来ているんだ」と言う声を良く聞きます。荒木氏は「どんな強いチームでも10回に4回は負ける。もし野球だけに集中していたら10回のうち4回はお客さんが悲しむじゃないか」というバレンタイン監督の言葉に感動してイベント主体のファンサービスを企画しているようですが、「10回のうち3回しか勝てない」時代にファンになった層は負ける可能性を初めから織り込み済みです。彼らにとってイベントは観戦の動機にならないし、イベントへの依存度は低いと言うことになります。

イベントを無くせと主張しているわけではありません。それは誤解しないでいただきたいと思います。
新規ファンのリピーター化、ライトなリピーターの繋ぎとめには、イベントによるエンターテイメント性の向上がある程度有効だからです。
現にイベントが楽しみだ、というファンはかなり多いようです。
以前バレンタイン監督のブログでファンサービスに対するアンケートをとったのですが、その結果は私にとって驚くべきものでした。

ファンサービスについてのアンケート結果発表! (Bobby’s Way)

ビアスタジアムもそうですが、球場前ステージでのチャチャダンスイベントがかなり好評なようですね。企画者本人が行ったアンケートへの回答ですから当然と言えばそうなのですが、失礼ながら私はまったく興味がありません。

一口にファンと言っても色々です。

外野で熱く応援することに生きがいを感じているファン。
内野席でじっくり観戦することが好きなファン。
とにかくマリンで酒を飲んで騒ぐことが好きなファン。
まるでピクニックに来たかのように、家族全員で楽しむファン。
チームより、選手個人が好きなファン。
二軍の試合ばかりを観戦するファン。
地方在住のファン。

それそれのファンの特性はまったく異なりますし、何に対し喜びを感じるかも様々です。
だからすべてのファンを満足させられなくても仕方がない。

普通はそう考えるでしょう。しかしCRMを導入した以上それで終わってはダメなのです。
「イベントなんかいらねーよ!エカマンセー!」
こう叫ぶファンに対しても、最適なマーケティングを考えるのがCRMだからです。
今年はこれが出来ていないため、球団に対して疎外感を覚えたコア層のファン離れが徐々に進んでいると考えられます。

ではどうすればよいのか。
イベントを無くしても解決できません。もしそうすれば今度はイベントを楽しみにしていた層がマリーンズから離れていきます。
球団がまずすべきなのは、疎外感を感じている既存のファンに対し、
「私たちはあなたのことをちゃんと見ていますよ」
というメッセージをしっかり送ることですね。コア層をつなぎとめるには、コア層に球団と「つながっている」ということを実感させ、かつコア層のプライドをうまく満たしていくことが重要でしょう。
例え今はマリーンズから離脱しかかっているコアファンであっても、少し前までは「この弱小チームを俺が応援しなきゃ誰がする!」とばかりにガラガラのマリンに通い詰め、マリーンズにそれこそ無償の愛をささげていたような連中です。ちゃんと球団がケアすれば売り上げに貢献してくれるばかりか、マリーンズの魅力をほうぼうに宣伝して回ってくれるはずなのです。新規ファンのリピーター化をを重視するあまりこうした既存ファン層が離れていくのは球団にとって大きな損失だと思います。

また、球団からのケアを待つばかりでなく、我々ファンはもっと球団に対し自分達の思いをぶつけていくべきではないでしょうか。
球団のやり方が気に入らない。だからファンをやめる。これでは球団は何も変わりません。
そうではなく、何が気に入らないのか、自分はどう思ったのかを球団に伝えれば、それが改善の糸口になるかもしれません。同じような意見が集まれば球団の施策も変わってくるでしょう。現にファンフェスでAKB48の来場が中止された背景にもたくさんのファンによる抗議があったから、と噂されています。

ファンサービス部門のトップである荒木部長は「ファンの声を聞きたい」とはっきり言っています。またバレンタイン監督も自身のブログでアンケートをとるなどファンの意見を聞く姿勢を見せています。だからファンもそれに答えて声を上げたほうが、球団とファンのより健全な関係を築けると思うのです。
何も「あれをやれ、これをやれ」と球団に対し政策提言する必要はありません。球団には企画のプロがいるわけですし、我々素人が思いつくことなどとっくに検討していることでしょう。むしろ球団が求めているのは我々ファンの率直な感想、感情です。球団がコアファン像を把握していないのであれば、我々ファンが教えてあげればよいのです。
「あれはよかった」、「これはよくなかった」、「あれについてはこう感じた」「あれをして欲しい」、「これはいらない」。
こうしたファンの声を集めていくことがすなわち「ファンのニーズや特性を掴む」ことであり、様々なファンによる意見の積み重ねがさらに高次のファンサービスに活かされていくはずです。それこそがまさにCRMの理想像なのです。

私はマリーンズが好きですし、マリーンズがもっと良くなってほしいといつも思っています。
だから今マリーンズが試みているCRM導入に対する取り組みも、絶対に成功してほしいと願っています。
もちろん荒木さんは成功できると確信しているからこそ球界では前例のないCRM導入に踏み切ったのでしょう。失敗すればファンを失う結果になるでしょうし、やってみたけどダメでしたでは済まされません。もしそうなれば今度こそ千葉からプロ野球がなくなってしまいます。

マリーンズの存続と、更なる飛躍のためにも、いちファンとしてできることをしたいですね。
ファンの皆さんの中には球団に意見を言う勇気がないという方もいらっしゃるでしょうから、以前の球場名変更騒動と同様に、当ブログでアンケートを取り、結果を集計したら球団にブン投げるのも一つの方法でしょう。もし実行することになりましたら皆様のご協力をお願いしたいと思います。


以上、2日間にわたってマリーンズが導入を進めているCRMの現状と課題について述べました。
このセミナーでは来年にCRM導入の成果を検証するそうなので、来年もまた出席するつもりです。

追記
今回のエントリーについて、黒鴎さんがとても素晴らしい記事を書いています。こちらもぜひお読みください。