イギリス紀行2006 〜英国紳士への道〜 第24回
ハンマースミスの夜

3日目 2006年2月24日 (金)
お酒とご飯を求めて夜の町に繰り出しますが・・・。
24.ハンマースミスの夜
ハンマースミスの街に繰り出す前に、一度荷物を置くためホテルまで戻った。ホテルのロビーは相変わらず日本人の団体が多い。若者の団体がひときわ目立つ。大学生のような雰囲気なのでおそらくゼミの旅行なのだろう。彼らは手持ち無沙汰にロビーでたむろっていたが、我々にはやることがある。まずはパブでビールを飲まねばならない。パブはイギリス庶民の憩いの場。イギリスに来てパブに行かないのは広島に来てお好み焼き屋に行かないようなものだ。それと晩御飯を食べなければならない。昼にマクドナルドに行ったきりろくなものを食べていないので、そろそろ腹が空いてきた。要するに酒とご飯が欲しい。
しかし、飲む前に買いたいものがあった。それはスリッパだ。海外旅行ではスリッパが必需品で、これが無いとシャワーを浴びた後に困る。持ってきてはいたのだが破けてしまったのだ。昨日は買う暇がなかったから今日こそは買いたい。我々はまずハンマースミス駅構内に併設されたメトロというスーパーに行った。イギリスを代表するスーパーである。店内は日本とあまり変わらないが、調味料が充実している気がする。しかしスリッパは無い。せっかくなので何かイギリスの食品でも買おうかと思ったが、レジがあまりにも並んでいるのでやめた。日本に比べレジ打ちが非常にのんびりしており、列は遅々として進んでいないようだ。並んでいる客は文句を言うでもなく、じっと順番が来るのを待っていた。
メトロを出た我々は同じく駅構内のブーツという店に入った。ブーツはイギリスを代表するドラッグストアのチェーン店で、薬や生活雑貨のみならず飲食物や電気製品なども売っている。ドラッグストアとコンビニの中間と言えばいいだろうか。日本にも一時期進出していたのだが、すぐに撤退してしまった。
店に入ると確かになんでも売っている。おもちゃやストッキングなどもある。しかしスリッパは無い。店員さんに聞いてみたところお前は何を言っているんだという顔をされた。どうやら置いていないようだ。
「スリッパなら駅からキングスストリートをしばらく歩いたところにあるマークスアンドスペンサーという店で売っているよ」
とのこと。無愛想だが親切な店員さんだ。
ブーツの店員さんに教えられた通りに繁華街を歩いた。夜の8時ぐらいなのだが人通りは多くない。途中数件のパブを通り過ぎた。どの店も大音量でダンスミュージックなどを流している。入口にごついガードマンがいる店といない店があった。警備の厳しいパブは店内でイベントでもやっているのだろうか。スリッパを買ったらどこかのパブに寄ろうと思う。目的の店は駅から10分ほど歩いたところにあった。マークスアンドスペンサーはイギリスのスーパーで、食料品や衣料品などを扱っている。日本で言えばヨーカドーのようなものだ。品物の値段はメトロより高め、ということらしい。閉店間際だったが店内に入り、衣料品のコーナーをしばらく歩き回ってようやくお目当てのスリッパを見つけた。
「5ポンドか」
「100円ショップでも売ってそうなスリッパだな」
「うーん履くのは今日明日だけだしなぁ。正直1000円払うくらいなら・・・」
「じゃ、やめとくか?」
「あと2日、壊れたスリッパで我慢しますかね」
棚にあったのは、白くてふさふさしたスリッパだった。かさばるので帰国する際には捨てていくしかない。それはもったいないので結局スリッパはあきらめた。あとは酒を飲んで夕飯を食べて寝るだけだ。まずはパブ。どこに入るか迷ったのだが、結局一番駅に近いパブに入った。店内は混み合っており、テーブルがすべてふさがっていた。薄暗い店内は大音量で音楽が鳴っているが、決して若者だけではなく、中年夫婦なども向かい合ってビールを飲んでいる。イギリス人の憩いの場というのは本当なんだなと思う。驚いたのはテーブルやカウンターにいる客すべてが酒だけを飲んでいることだ。誰も何も食べていない。酒を飲むならまずは軟骨の唐揚げとタコわさびじゃないのか。イギリスにはつまみを食べながら酒を飲むという習慣はないらしい。ガイドブックには食事も出すパブもあるというが、我々が入ったパブは違うようだ。しかし、パブに入った以上飲まなければ始まらない。食べ物はなくとも酒はあるのだ。早速カウンターに行きビールを注文した。メニューは見当たらないが、樽から延びた蛇口にビールの銘柄が書いてある。その名前を慎重にチェックしつつ、私は無難にギネスビールを頼んだ。
「ギネス ワンパイント プリーズ?」
下手な英語だがどうやら伝わったようだ。店員は樽の蛇口からビールを注ぎカウンター越しに私のところまで持ってきた。中ジョッキよりも若干小さめのグラスだ。ビールと引き換えに2ポンドを払う。友人と今日一日の疲れをねぎらい、乾杯した。ちょっと生温い。これはスタウトと言って黒いビールだ。ちょっと苦いが、すきっ腹に染み渡る。アルコール度数も普通のビールより高めなのか。一気に飲んだらそのまま寝てしまうかもしれない。他の客と同じように、カウンターに寄りかかり、立ちっぱなしのままビールをちびちび飲んだ。今日の話、明日のサッカー観戦の話、30分ほど雑談しただろうか。私の空腹感はいよいよ限界となってきた。友人はまだ飲めそうな感じだが、私はもう飲めそうにない。もう9時だし、あまり粘っていると食べ物屋が閉まってしまうおそれもある。我々はグラスを店員に返し、夕飯が食べられる店を探しに出た。
ハンマースミスの繁華街を再び歩いた。冬の夜。体は温かいが、外気は寒い。道の両側を見渡してもめぼしい店がない。見つかったのはタイ料理の店と、インド料理の店。それもちょっと高級そうだ。すきっ腹を抱えて歩いているとマークスアンドスペンサーを通り過ぎた所にいかにも安そうな店があったので入ってみた。内装はファーストフード店とファミレスの中間で、マクドナルドとサイゼリアを足して2で割ったような作りになっていた。店内には地元のFMラジオが流れている。音楽番組のようだが、かかっている曲は5,6年前に流行ったものばかり。いかにも庶民の店という雰囲気だ。メニューを見て、インド人と思しき店員を呼んで注文する。私が頼んだのはスパイスの効いたチキンナゲットとジャガイモと野菜の盛り合わせで、友人はリブ肉とフライドポテトとグリーンピースの盛り合わせだ。値段はどちらも6ポンドだからまあまあだろう。味は社員食堂、もしくは学生食堂の味、と言えばいいだろうか。要するにあまりおいしくない。男二人でもそもそと食べていると、店の外に日本人のグループがいるのを見つけた。さっきホテルで会った学生の集団かもしれない。彼らはしばらく店の中を窺っていたが、店内に日本人がいるのを確認すると安心したのかぞろぞろと入ってきた。彼らが食べ始める前に店を出たので、彼らがこの店にどういう評価を下したかは分からない。正直味の方は保障しかねるのだが、店を見ればあまり期待しないほうがいいのは分かるだろう。だからもしまずくても我々を恨まないで欲しいと思う。これで今日の予定はすべて終了。明日はいよいよこの旅のメインイベント、サッカーのプレミアリーグ観戦が待っている。明日に備えて寝るのみだ。