イギリス紀行2006 〜英国紳士への道〜 第31回
チェルシー対ポーツマス
 

スタンフォードブリッジ

4日目 2006年2月25日 (土)
イングランド・プレミアリーグのチェルシー対ポーツマスの一戦が始まりました。


31.チェルシー対ポーツマス

 スタジアムに入ると広い通路があり、その奥には売店などが並んでいた。日本と違うのは公認のブックメーカーの存在で、つまりスタジアム内の店で賭けが出来るのだ。あたりは人でいっぱい。照明が少なく、通路は暗い。観客は若い男性だけでなく、小さな子供をつれた家族連れ、老夫婦、実に様々だ。それが試合前からこぞってビールを立ち飲みしている。この寒い中何杯もビールを飲んだらトイレが近くならないのだろうか。我々は腹が減っていたので売店でホットドックを買った。もっとちゃんとしたものがあるかと思ったのだが、観客席では飲食禁止らしく、球場内の売店でも軽食しかないらしい。ホットドックを食べながら球場モニターを眺めているとスターティングイレブンが発表されている。ドログバなどの名があるが、グジョンセンやマケレレ、クレスポはベンチスタートらしい。試合開始が近づいている。そろそろ席に座ったほうがいいだろう。

 我々の席はバックスタンドの1階席。前から7列目だ。右のエンドのゴール付近となかなかいい位置である。展開次第ではチェルシーのゴールを間近に見ることが出来るかもしれない。しばらくするとポーツマスとチェルシーの選手が入場してきた。いよいよ始まるのだ。私にとっては初めての海外サッカー。興奮してきた。やがて両チームの選手たちが入場し、選手紹介が始まった。チェルシーの選手のナがコールされるたびに場内から大歓声が上がる。しかし、なぜかDFのフートの名ががコールされた時だけ、「フ〜〜ト」とからかうようなヤジとも歓声ともつかない声が上がった。フートはドイツ代表期待の若手のはずだが、いったいどうしたことだろう。前の試合で何かやらかしたのだろうか。よく分からないうちに選手たちがピッチに散り、いよいよ試合が始まった。

 攻めるチェルシー。守るポーツマス。チェルシーは何度も決定的なシーンを作るのだがポーツマスの堅守に阻まれて得点することが出来ない。ポーツマスもカウンターから何度か攻め上るのだがなかなかゴールを脅かすことが出来ない。両者決め手を欠いたまま時間だけが過ぎていった。

「来た!」
「ファールじゃないのか今のは?」
「あークロスに届かない!」

我々が日本語で叫ぶたびに隣に座っていた小さな男の子がこちらへ視線を送ってくる。日本語が珍しいのか、日本人が珍しいのか、あるいはその両方だろうか。一方我々の後ろには初老の男性が座っており、チェルシーの選手がボールを持つたびに、「カモンチェルシー!」と大声を出す。見事なキングスイングリッシュ、美しい発音だ。フーリガンで知られる国だからさぞやゴール裏は熱狂的かと思われたがそんなことはなく、観客は皆座席に座りながらおとなしく見ている。時折観客席の一角からサポーターソングの合唱が始まるが、スタジアム全体の大合唱というほどではなく、それぞれが思い思いに歌っているように感じられる。チャンスではその歌声がスタジアム中にシンクロし大合唱となることもあるが、長続きしない。また散発的な合唱に戻ってしまう。

「チェルシーのサポーターはずいぶんおとなしいんだな」

友人がつぶやいた。イタリアのセリエAやスペインのリーガエスパニョーラを観戦した目から見ればそう映るのだろう。確かにスタンフォードブリッジにはピッチに向かってエキサイトするおっさんがいるでもなく、発煙筒を焚いて暴れる若者がいるでもなく、観客が身振り手振りで感情を爆発させることもない。それがイギリスの国民性であり、チェルシーというチームのカラーなのかもしれない。それでもチャンスになるとおとなしく座って見ていた観衆が一斉に立ち上がった。その瞬間スタジアムにはバタバタバタと大きな音が響き渡る。皆が同時に折りたたみ椅子をたたむ音だ。そして大歓声。しかし敵チームの好守に阻まれてチャンスを逃すと、皆いっせいに座り込む。再びバタバタバタという椅子の音が響く。
 
 前半がもうじき終わろうとしているのに両チーム点が入らない。「つまらないぞー」と友人が叫ぶ。後ろに座っていた集団も焦れてきたのか、「カモン グジョンセン! カモン グジョンセン!」と叫びだした。グジョンセンを出せコールだ。前半35分を過ぎたあたりから徐々に観客が席を立ち始め、結局点が入らないまま前半が終わった。

 席を立ちスタジアム裏のコンコースに向かうと試合開始前と同じく大勢の老若男女がビールを立ち飲みしている。座れるスペースが無いせいかものを食べている人はあまりいない。イギリス人のビール好きはかなりのものだ。人ごみを掻き分けながらトイレを済まし席に戻る。大型ビジョンを見ると「TOONAMI」というアニメ専門チャンネルの宣伝をしていた。ドラゴンボールなどが見られるらしい。日本アニメが世界中に広まっているという話は聞いていたが、実際にイギリスのスタジアムで日本アニメの広告を見ると感慨深いものがある。しばらくすると観客が席に戻りだし、選手達も再び入場してきた。いよいよ後半が始まる。

 後半開始から約15分。いまだ得点が入らない。ポーツマスにとってはこのまま守りきってあわよくば勝ち点1を得ようという作戦なのかもしれない。徐々に観客がヒートアップしていく。スキンヘッドのサポーターが立ち上がり、もっと立ち上がって歓声を送れと身振りでアピールする。我々としてもこのままでは不完全燃焼だ。高い金を払ってせっかくプレミアの試合を見に来ているのだ。出来ればゴールシーンが見たい。

 後半15分、チェルシーのモウリーニョ監督はジョー・コールとライトフィリップスを下げグジョンセンとマケレレを二人まとめて投入。これをきっかけに試合が大きく動き出した。まず後半20分、ドログバが左サイドから走りこみ相手DFともつれながら中央にパス。グジョンセンがこれをスルーすると右から走りこんだランパードがゴール隅に蹴り込んだ!

ゴール!1−0。

長かった均衡がついに破れた。スタジアムが大歓声に包まれる。こうなると後はチェルシーのペースだ。後半33分、グジョンセンの浮き球のパスをロッベンが上手く受け、そのままゴールに流し込んで2−0。これで事実上勝負は決した。
 後半40分を回ると周囲の客が帰り支度を始めた。スタジアムを見回すと明らかに空席が増えている。スタンド内のチェルシーサポーターはほとんどがシーズンシート所持者と聞くが、勝敗が決まれば最後まで見ずにスタジアムを後にする者が多いようだ。このあたりはいつも見られるという余裕だろうか。チェルシーはリードを保ったままロスタイムに突入。ロスタイムは3分と表示された。大型ビジョンでは今日の最優秀選手をロッベンと発表している。まだ試合が終わっていないのに気の早いことだ。そして試合終了、2−0でチェルシーの勝ちである。スタジアム内では歓声の中「Blue is the color」が大音量で流された。
 
試合が終わった。周囲に残っていた客は余韻に浸るでもなく帰り支度を始めている。例えば千葉マリンスタジアムのライトスタンドなら試合後にひとしきり応援歌を歌った後三本締め、というパターンなのだが、このあたりはサポーターの気質の違いだろうか。スタジアム外へと続く人波に続き、我々も出口に向かった。

スタジアム外に出ると、ちょうどアウェイサポーターを乗せたバスが出て行くところだった。トラブルを避けるために、アウェイチームのサポーターはまとめてバスに乗せられて、スタジアムから離れた駅などに連れて行かれるのだそうだ。日本には無い光景だが、ヨーロッパでは良くあることらしい。出口正面の道路は歩行者天国となり、騎馬に乗った警官が交通整理をしている。チェルシーが勝ったので特に暴れるサポーターはおらず、皆思い思いの方向に歩いていく。時刻は5時過ぎ。まだ明るい。これからホテルに帰るのだが、ハンマースミスへの地下鉄は今日一日動いていない。このまま地下鉄に乗っても次のウエストブロンプトン駅で降りて代行バスだ。一駅だけラッシュ並みの地下鉄に乗るのも馬鹿らしい。たいした距離でもないので、代行バスの出るウエストブロンプトンまで歩いていくことにした。

 地図を見るとウエストブロンプトン駅へはノースエンドロードを北上し、リリーロードとの交差点を右に曲がるようだ。距離にして1キロ弱。ロンドンの街並みを散策するにはちょうどいい。このノースエンドロードはマーケットになっている。といってもアーケードが整備された立派なものではなく、道の両側に八百屋や果物屋や肉屋などのお店、露天が続いている。さながら下町の商店街のようだ。露天では果物が山と積まれ、八百屋からはおっさんのだみ声が響く。肉屋からはなにやら香ばしい匂いが漂ってくる。おもちゃ屋などもあり、日本のPS2などのゲームが売られている。日本人がいるような観光スポットではないが、こういう喧騒に満ちた空間を歩くのは楽しい。海外に来たと実感させてくれる。しかしさっきまで我々がいたスタンフォードブリッジはガイドブックを読むと、「高級住宅地の中にある」と紹介されている。ほんの10分歩いただけでここまで下町全開になるとは驚いた。ここはチェルシー周辺とは別エリアということなのかもしれない。
 しばらく歩くとリリーロードの交差点が見えてきた。あとはここを曲がって駅前からバスに乗ればいい。駅の案内がどこにも出ていないが、先ほどからバスと何台かすれちがったので間違いないだろう。さらに進むと大きなホテル、それに駅前広場が見えてきた。スタジアムから約20分。目的のウエストブロンプトン駅である。ここからはバスに乗ってハマスミス駅まで一直線だ。駅前広場ではすでに地下鉄代行バスが発車を待っていた。さすがにここまで来ると青い服を着たチェルシーサポーターはいない。バスは何とか座れたものの夕方のせいか道がひどく混んでおり、行きは10分弱だったのが帰りは40分近くかかった。無料だから遅くなっても構わないが、これなら歩いた方が早かったかもしれない。

スタジアム内
スタジアム内


公認のブックメーカー
スタジアム内にある公認のブックメーカー


軽食の売店
軽食の売店


スターティングイレブンが発表
スターティングイレブンが発表。スポンサーのサムスン製ですな。


席はこの辺
席はこの辺。


後ろを振り返ってみる
後ろを振り返ってみる。


次へ進む  目次へ戻る  前へ戻る