惜別球人の6回目は田中良平です。

良平

田中 試合 勝利 敗北 回数 三振 防御率
2001 E1 0 0 0 1/3 0 54.00
2002 E25 1 5 0 68 1/3 52 5.93
2003 5 0 0 0 10 5 8.10
E23 0 1 0 30 2/3 25 6.16
2004 E20 0 1 3 23 12 4.30
2005 E1 0 0 0 1 0 63.00
2006 E35 3 0 0 39 1/3 20 4.12
2007 E28 4 3 0 67 34 4.70
2008 E23 1 4 0 46 20 6.07


田中良平。2000年ドラフト1位。
現讀賣の内海、元横浜の森大輔とともに北陸三羽ガラスと呼ばれる逸材で、特に田中良平はその豪腕ぶりから加賀エクスプレスと呼ばれました。
当時の山本監督(現在は終身名誉監督)もその素質を絶賛。2年目には2軍のローテに定着し、3年目には1軍昇格。中継ぎや先発として5試合に登板しました。制球難もあり防御率は8.10と奮いませんでしたが、実際に見た試合ではいいストレートを投げていました。

しかし、ここまで順調だった田中はケガに泣きます。2005年は故障でわずか2試合の登坂。血行障害の手術をしたこともあり、リハビリで1年を棒に振りました。

2006年からは制球難を解消すべくサイドに転向。それでも制球は相変わらず悪いままでした。好投する試合もあれば、メタメタな試合もあるといった具合で調子の波が激しく、終わってみれば防御率は4点台。2007年も似たような成績でいよいよクビが危なくなってきました。

しかし、2007年秋に派遣されたハワイウインターリーグで好投。翌2008年のキャンプではなんと1軍組に選ばれたのです。

【ロッテ】ボビーうなる、田中良の45球 (ニッカン)

8年目のロッテ田中良がブルペンで好投し、バレンタイン監督をうならせた。打者の手元で微妙に変化する新球など45球を投げた。同監督からは「角度も変化球もいい。今日最も強い印象を受けた」と褒められた。昨年はウインターリーグに参加し、自主トレではドジャース斎藤らと合同で行った。「いろいろなことを吸収して、視点を変えて投げている」と1軍定着へアピールした。


ラストチャンスを活かそうと猛アピールする良平。遅れてきたドライチが8年目にようやく開花か?ファンの期待も高まります。
しかし、シーズンが始まると1軍で田中良平の名を聞くことはありませんでした。
オープン戦で結果が出なかった良平は2軍に落ち、結局いつものノーコンで気が弱い良平に戻ってしまったのです。
そしてこの年1軍に上がることなく戦力外通告を受けました。

今年で8年ですから球団としてはずいぶん待った方だと思います。戦力外はやむを得ないでしょう。
サイドスローに転向しても制球難は解消されないばかりか、ストレートの威力が落ちてしまいました。
どうも「速球は良くてもノーコン」と言う素材型の選手はマリーンズじゃ大成しませんね。大嶺には同じ道を歩んで欲しくありません。
トライアウトに参加するようですが、いっそのことオーバースローに戻してチャレンジしてみてはと思います。

浅間、田中良平の解雇で、エカ時代に期待の若手だった選手はほぼ一掃されました。
時の流れとは言え、かつてファンが託した夢が夢のまま終わるのはさびしいです。

■ 追記
田中良平がオリオールズとマイナー契約を結びました。
2月に基本合意、手続き上の問題で契約が遅れたものの、5月3日にも正式契約とのこと。頑張れ良平!

田中良平(RYOHEI TANAKA)がアメリカへ
田中 オリオールズとマイナー契約へ! スポニチ

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それでは田中良平の写真です。




2007年マリンにて

2007年マリンにて2
2007年 マリンにて


浦和にて
2007年。浦和にて

2007-1

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2007-3

2007-4

2007-5

2007-6
2007年の投球フォーム

2008-1

2008-2

2008-3

2008-4

2008-5
2008年の投球フォーム