代田

代田建紀の今季限りで現役を引退し、来季から2軍外野守備走塁に就任すると球団から発表がありました。

代田が1軍の試合に出ることはそう多くありません。しかし、いざ代田が代走に出てくるとするとスタンドからは大歓声が上がります。
普通のランナーなら還ってこれない打球でも、代田の鬼のような俊足でホームイン。そんなシーンを何度も見てきました。
例えば2006年の西武戦では1塁の代走で出場し、ワトソンのヒットで長駆ホームイン。見事サヨナラ勝ちを納めた試合があります。
去年も4月29日の西武戦で竹原のヒットで長駆ホームインし、その走塁がJA全農Go・Go賞に選ばれました。

代田への大歓声は彼の足が何かを起こす、という期待感もあります。ですがそれ以上に、代田は応援したくなる選手なのです。
打撃は期待できず、守備もうまくありませんでしたが、代田のひたむきなプレーには野球ができる喜びに溢れていました。

代田は苦労人です。
1997年朝日生命からドラフト6位で近鉄に入団するも出番に恵まれず、2000年にヤクルトにトレードされます。
2001年にはイースタンリーグの年間最多盗塁記録を更新する60盗塁をマークしますが、なかなか1軍に上がれません。
あげくのはてにその年のオフの契約更改の場で、「キミは高卒1,2年目の選手じゃない。2軍で60盗塁?そんな記録、クソの役にもたたない!」と言われてしまいます。結局ヤクルトではその足を評価されることは無く、2002年のオフに解雇されてしまいました。

翌2003年はテストを受けてマリーンズに入団。山本マリーンズ最終年です。
なかなか結果が出ませんでしたが、8月以降の帳尻反攻のころに1軍に昇格し、最終戦にもスタメン出場しました。来季へのテストを兼ねた起用だったのでしょう。しかしここで悲劇が起こります。
ショートゴロを放った代田は1塁に全力疾走するも、ファーストと接触して膝を痛めてしまいます。球場全体がざわつく中、代田は担架に運ばれて退場、そのまま交代となりました。
試合後、山本監督がコーチの解任を巡るトラブルで挨拶を拒否、フェルナンデスの残留を願うファンによる、「ホセ残せ!」コール。球場が異様な雰囲気に包まれる中、選手たちはシーズン終了の挨拶をするべくグラウンドを一周しました。そのなかになんと代田もいたのです。足を引きずりながらもファンに手を振る代田。私はその姿を見ていたく感動したものです。

左膝半月版損傷と前十字じん帯の部分断裂で全治1年。
代田の膝は重症でした。悲嘆にくれる代田に球団が追い討ちをかけます。

「来シーズンの契約はしないから」
「これからどうすればいい?自由契約にしておくからさ、来年のテストでも受けてみれば?」

あまりにも非情、あまりにも冷酷な球団の戦力外通告。
代田は泣きました。しかし、折れかけた代田の心を支えたのは当時の彼女、今の奥さんでした。
このまま就職しても絶対に後悔する。何としても来年の入団テストを受けなくては。
彼女の励ましのもと、手術からのリハビリを経て、浦和の片隅で練習に励み、そして迎えたトライアウト。
救いの手を差し伸べたのは、皮肉にも前の年に自分を解雇したマリーンズでした。バレンタイン監督の強力な推薦もあり、マリーンズへの復帰が決まったのです。

2005年の開幕戦。試合前のセレモニーをベンチで眺めていた代田にコバヒロが声をかけました。
「代田さん、よかったですね。こんな日が来て」
ああ見えてコバヒロも2軍でもがき苦しんできた男です。代田の今までの苦労が手に取るように分かったのでしょう。
そして2戦目にスタメン出場を果たすと、ファンもまた大歓声で応えたのでした。
マリーンズでは足のスペシャリストとして代走での起用が中心で、守備についたり、打席に立つことは多くありませんでした。それでもヤクルト時代よりも出場機会は増え、チームに欠かせない戦力となったのです。

2006年、サブローらが不調にあえぐ中、代田は夏場に1軍に昇格。7月29日の大阪ドームでのオリックス戦もスタメンで出場しました。
この試合、代田は外野飛球の目測を誤りバンザイしてしまうミスを犯したものの、2盗塁と決勝タイムリーを放つ活躍で、試合後お立ち台に登ったのです。苦節8年、ケガによる自由契約というどん底から努力を重ねて這い上がった男は、プロ初のお立ち台で人目もはばからず泣きました。

〜今日のヒーローは勝ち越しタイムリーを打ちました代田選手です!
〜昨日、今日とファインプレーに阻まれてなかなかヒットに繋がりませんでした。3打席目、どんな気持ちで打席に入りました?

「3回のオリックスの攻撃の時、村松さんの打球を後ろに逸らして、点は久保が一生懸命頑張って入らなかったんですけど、そのミスを何とか帳消しするように無心で打ちました」

〜そして今季初打点が付きました。

「素直に嬉しいです」

〜また、これも今季初なんですが、二つの盗塁も勝ちに貢献しましたね?

「そうですね。僕の持ち味は足なので、塁に出たら常に盗塁を狙ってるんですけど、それがいい結果に繋がって良かったです」

〜ファンの声援も聞こえましたが、実はプロ初ヒーローインタビューなんですね?

「はい、そうです」

〜我慢の時期、色々乗り越えて、この場の感触いかがですか?

「一昨年のことを考えると・・・まぁホントに・・・うれしいですね・・・すみません(涙)」

〜本当に粘りの野球が勝ちを引っ張っています。

「これからも一生懸命頑張ります。応援よろしくお願いします」



いつかこんな日が来ると信じ、必死に努力を重ねた日々。それが報われた瞬間でした。
試合後には「監督や無職の日々を支えてくれた人達、両親、妻に感謝いっぱい・・・」と語っていたそうです。
実はマイクの音声は場内に流れておらず、レフトスタンドからはビジョンも見えないため代田の言葉や様子は分かりませんでした。
ですがようやく掴んだお立ち台という男の晴れ舞台。代田の姿を見て思わずもらい泣きしたファンがたくさんいたことを覚えています。
そしてヒーローインタビューを終えた代田はレフトスタンドに向かい駆け出し、サインボールを投げ込んだ後深々と頭を下げました。

2007年は1軍と2軍を往復しながらも前年を上回る37試合に出場。打率も.364をマークしました。
このまま1軍定着できるかと思ったのですが、どうやらバレンタイン監督の考えは違ったようです。
2008年になると出番は急速に減り、2軍でも試合に出ない日すらありました。
おそらく、代田の位置づけは他の外野手が故障した場合の保険。戦力としてはもう考えられていなかったのかもしれません。
6月に昇格するも、すぐに2軍落ち。その後1軍に呼ばれることはありませんでした。
そんな境遇でも代田は腐ることなく、黙々とマシン打撃を繰り返しました。
今年の週ベ9月1日号の代田特集でも、毎日どの選手よりも遅くまで練習する姿は若手の手本になっていると書かれていました。

シーズン終了後はフェニックスリーグに派遣され、来季も契約できるかと思われましたが、残念ながら引退、コーチ就任となりました。
現在2軍では高沢が打撃コーチと外野守備走塁コーチを兼任していましたが、そのうち外野守備走塁コーチの職務を代田が引き継ぐことになります。育成選手を大量に指名したことでコーチを増員する必要に迫られていたのでしょうし、おそらく若手の手本となるその姿勢が球団に評価されたのだと思います。


打てなかったこと、守りがあまり良くなかったこと。
1軍に定着できなかった理由はこの二つです。せめて守れれば終盤の守備固めとして起用されたのでしょうけど・・・。
また、走塁技術も上手いとは言えず、せっかく俊足でもスタートが遅れてアウトになる場面がよくありました。
それでも、代田は足だけを武器に34歳まで現役を続けることができました。1軍出場すら叶わないまま消えていく選手が多い中、1軍の試合でお立ち台に登ったのです。代田は我々ファンの中に名を残しました。それだけでも、代田は立派にプロとして成功したと思います。

代田は果たしてコーチとして職務を果たすことが出来るのでしょうか。
正直代田の外野守備の技術そのものは人に教えられるほどではないと思います。
しかし、名選手が必ずしも名コーチにならないように、自分でプレーする能力と、人に教える能力は別物です。
苦労を重ねてきたからこそ、語れるものがあるはず。
代田はマリーンズのこれからを担う若き選手たちに、プロとしての生き方を教えてくれるはずです。
逆境にめげない、たくましい選手を、そして願わくば塁に出るだけでワクワクしてしまうような、そんな選手を育てて欲しいです。
代田選手、いままでお疲れ様でした。


■ 代田のコメント

「寂しい気持ちはありますが、指導者になるという事も大きな夢として自分の中にありました。
実績のない自分をコーチとして迎えてくれることに感謝し、ありがたく引き受けさせてもらいました。
ファンの皆様には、代走で出場した時などに大きな声援をいただき、温かく見守ってもらえたことを本当に感謝をしております。本当に幸せでした」


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それでは代田の写真を少しだけ紹介します。


代走に出てくるだけで大声援
代走に出てくるだけで大声援

いつのスタメンでしょうか
さて、いつのスタメンでしょうか?

2006年 代田の走塁がサヨナラを呼び込む
2006年7月15日。代田の走塁がワトソンのサヨナラヒットを呼び込む

ナインに祝福される
ナインに祝福される

お立ち台
2006年8月29日。プロ初のお立ち台

ファンに手を振る
声援に応える代田

レフトスタンドに駆け寄る
レフトスタンドに走ってくる

嬉しそうな代田
嬉しそうな代田

レフトスタンドにサインボールを投げ込む
サインボールを投げ込む

今年、浦和にて
今年、浦和にて。

打席に立つ代田
打席に立つ代田

盗塁を刺され、悔しそうな表情の代田
盗塁を失敗し、悔しそうな代田。