3日目

四国一周旅行の3日目は、松山から宇和島に向かいます。

人気blogランキング
にほんブログ村 野球ブログ 千葉ロッテマリーンズへ



9月22日 月曜日

今日はバス尽くしの日。早朝5時に起き、松山駅前のバスターミナルに向かいました。
まだ日の出前で真っ暗な駅前広場には、すでに5:30発の四国JRバスの落出行きのバスが発車を待っていました。

この路線は「四国グリーン紀行」の切符で乗れる路線バスで、松山高知急行線という立派な名前がついています。
かつてはその名の通り松山と高知を結ぶドル箱路線で、国道33号線を1時間に1本程度の間隔で急行バスが走っていました。
しかし2001年、高速道路が開通後に松山と高知を結ぶバスは高速バスの「なんごく号」として生まれ変わり、国道経由の便はメインルートから外されました。もともと過疎の山奥を走る路線である以上、都市間輸送の客を高速バスに取られては話になりません。1年後の2002年には高知県側の落出〜高知間が廃止され、松山駅から高知県境に近い落出までを細々と走るようになりました。なお廃止された区間には地元の黒岩観光バスが大体バスを走らせており、終点の落出で乗り換えることが出来ます。とは言っても接続しているのはこれから乗車する早朝5時半発の便のみで、昼の便は落出で2時間待ちです。高知側からであれば2本乗り継ぎ便があるのですが、スケジュールの都合でどうしても松山側から乗る必要があり、今回の早起きとなりました。

バス

バスは松山駅を出ると、まだ日が昇らぬうちに松山の中心部を抜け、松山市の郊外を南へと走っていきます。驚いたことにまだ6時にもなっていないというのに乗ってくる客がいます。途中の久万高原の観光施設に勤務する通勤客と、付近の学校への通学客です。毎朝5時に起きてバスで通うのは大変そうです。しかしこの松山駅発5:30のバスは来る10月のダイヤ改正で無くなることになっています。10月以降どうするのでしょう。

松山を望む

市街地を抜けたバスはやがて三坂峠越えの登りに入ります。つづら折の道からは松山の街並みが、そして朝もやの向こうには瀬戸内海が見えます。
やがて久万高原に入り学生や通勤客を下ろすと、数人の客を乗せたバスは山の中の道を進みます。やがて朝7時に仁淀川の支流に沿った山奥の小さな集落、落出に到着しました。

落出駅に着く

 落出駅はかつての国鉄バスの自動車駅。松山からのJRバスはここで折り返します。かつて枝分かれしていた国鉄バスの支線は自治体のバスになり、JRバスとして生き残った本線も本数が減ってしまいさびしくなってしまいました。かつてバスの切符などが売られていた事務室は壁が撤去され、畳敷きの待合室になっています。
 窓に張られている「ごうかくきっぷ」はいわゆる受験のお守りで、四国では有名らしいです。この近くに郷角(ごうかく)、大成という縁起の良い名前のバス停があり、国鉄時代にはここ落出から郷角(ごうかく)行きの切符を落出駅で発売していました。落出駅が無人となった今は、久万高原町や道の駅みかわで、ごうかく行きと大成行きの切符を合格グッズとして販売しています。合格切符の紹介はこちらこちらをご覧ください。

発車を待つバス

 落出駅の近くには橋が2本架かっており、古い方の橋はバスの待機所として使われているようです。橋の上では折り返しのJRバスと、その後ろには高知県側に抜ける黒岩観光バスの車両が発車を待っています。次の高知県側に抜けるバスは7:25発。あと20分ほど時間があります。付近を散策しても良いのですが、あいにく早起きしすぎて出すものを出していません。古びたドアを開けると長い年月にさらされて不気味さ爆発のコンクリートの壁と、比較的新しいウォシュレット付きトイレがありました。壁とは対照的にきれいなトイレでしたが、壊れているのかボタンを押しても水が出ず、タンクの中に手を突っ込んでレバーをひねりました。

折り返し

まだ時間があるので外でバスを待ちます。しばらくするとJRのバスが数人の客を乗せ、松山に向け折り返していきました。

落出の風景

再び人気がなくなりました。ここは山間の静かな集落。空気も水もきれいです。
やがて発車時刻が近づくと橋の上に止まっていた黒岩観光のバスがバス停まで移動して来ました。路線自体は太平洋沿いにある土讃線の佐川駅まで続いていますが、このバスは途中の土佐大崎というバス停までしか行きません。正確にはその土佐大崎で1時間ほど時間を潰し、その後佐川駅に向かうことになっています。バスに乗り込み運転手のおばさんに行き先を告げると、「土佐大崎到着後すぐに佐川駅行の始発バスが出るので、土佐大崎で乗り換えてください」とのことでした。

山々

バスは仁淀川に沿って走ります。仁淀川は四万十川に負けない水の綺麗な川として知られ、流れる水は透明です。しかしかつては美しい渓谷だったのでしょうが、今はダム湖の連続に姿を変えてしまいました。それでも山々の緑とダム湖の水とのコントラストは見ていて落ち着きます。停留所に着くごとに地元の小学生が乗り込んできました。皆「おはようございまーす」と運転手に向かって元気に挨拶しています。病院通いのお年寄りも徐々に増え、席はほぼ埋まりました。
そして古い家並みが増え、7時53分に土佐大崎に着きました。土佐大崎は駅を名乗るバス停で、仁淀町の中心部にあって山奥からの町営バスの路線が集まってくる交通の要衝です。佐川駅行のバスは8:03発。すでにたくさんの学生とお年寄りがバスを待っていました。

土佐大崎

やってきたバスは始発ながら満員、学生が騒がしいです。しばらく立ちんぼでしたが、20分ほど走った途中の越智駅というバス停で学生が降りて座ることができました。越智駅は越智町の中心部にあり、鉄道は無くとも駅を名乗っています。白いバス停の建物にはJRバス直営のラーメン屋があったようですが、だいぶ前に閉店してしまったようでした。
越智駅を出るとバスは仁淀川から離れ、佐川街の中心部に入ります。高校の前で高校生をどっと降ろし、古い家並みを通り抜けて定刻の8:33に狭川駅前に着きました。

佐川

今日はここ佐川駅から2日前に通った後免駅に向かい、底から同じ路線を引き返して土佐中村、宿毛へと向かいます。
特急のグリーン車乗り放題の切符を持っているとはいえ、次の特急は1時間後。待っているのも退屈ですから、すぐにやってきた鈍行列車で高知へと向かいました。後免駅発11:21の特急に間に合えばいいのですからのんびりでいいのです。

普通列車

途中の駅で須崎行き鈍行列車とすれ違います。高知駅で通勤通学客を降ろしたばかりなのでしょう。長い4両編成でした。
9:46高知駅着。まだ1時間ほど余裕があるので土佐電鉄の路面電車に乗って時間を潰すことにしました。工事中で埃っぽい駅前広場の一角に真新しいホームがあり、そこから路面電車が出ています。

高知駅前

やってきたのは元名鉄の路面電車で、岐阜市内を走っていた車両です。土佐電鉄の路面電車は高知駅から海までの南北を結ぶ路線と、井野から後免町までの東西を結ぶ路線からなり、高知市内の繁華街のあるはりまや橋で交差します。この路面電車は海沿いの桟橋通五丁目に向かう路線で、井野や後免に向かうにははりまや橋で乗り換えです。

桟橋通五丁目

路面電車は市内の大通りをゴトゴト走り、15分ほどで終点の桟橋通五丁目電停に着きました。名前の通り海に面しており、港に近い殺風景な停留所です。ここで折り返して、10:40に高知駅に戻りました。街中を路面電車で往復することに何の意味があるのか首を傾げる人もいるでしょう。しかし、平日にもかかわらず同じことをしている人が3人いました。世界は広いのです。

高知駅の構内で駅弁を買い、ホームに駆け上がると10:45発の阿波池田行普通列車が発車を待っていました。ロングシートの座席はほぼふさがっています。立ったまま15分ほど列車に揺られ、2日前に通ったばかりの後免駅に到着。20分の待ち合わせで特急南風3号に乗り換えました。今度は先頭車両のグリーン車、特等席です。

須崎の海


土讃線は後免から中村までは太平洋沿いを走りますが実際には山の中を走り、海は高知駅を過ぎること1時間、須崎のあたりでようやく見えました。しかしその後はトンネルの連続で、やがて山奥の駅、窪川に到着しました。

窪川は土讃線の終着駅で、宇和島からの予土線と土佐くろしお鉄道の中村線との乗換駅です。こう書くと大きな駅のようですが、実際は周囲に何もないこじんまりとした山間の駅です。私の乗る特急はここから土佐くろしお鉄道に乗り入れて中村へと向かいます。

窪川を出ると若井という小駅を通過し、長いトンネルを抜けます。やがて予土線の線路と分かれると、ループ線を一気に下り、海へと向かいます。残念ながらトンネル内を一回転するだけなので景色を楽しむことは出来ません。しばらく山の中を走り、土佐佐賀からは海を右手に見ながら走ります。やがて街並みが現れ、ベスト電器などの大きな建物も見えてきました。13:03に中村着。中村は土佐の小京都といわれる古くから開けた町で、岡山からの特急南風3号はここで終点です。

中村

ここで13:08発の宿毛行ディーゼルカーに乗り換えます。中村から宿毛までは最近になって開通した区間で、高架線とトンネルの連続になりました。風景も平坦で変わり映えしません。ボーっと乗るうちに13:58に終点の宿毛に到着。実はここから宇和島にまで延びる予定があるそうですが、実現の見込みは無さそうです。

宿毛

宿毛の駅は町外れにあり、周囲には何もありません。駅のみやげ物店も閑散としており、あまり時間を潰せるところはなさそうです。ここから宇和島までバスに乗る予定ですが、次の発車は1時間後の15:07。やることもないので町の中心部まで歩くことにしました。そして9月の太陽に照らされながら、ありふれた田舎町の道を歩くこと20分、町の中心部にあるすくもバスターミナルに着きました。ターミナルの古びた待合室でジュースを飲みながらぼんやりしていると、やがて15時発の真新しいバスが入ってきました。ここから宇和島駅までは約2時間の長旅です。

海

宿毛を出たバスはしばらく山の中の国道を走りますが、高知県境を越えて愛媛県に入ると海が見え出します。
海岸線が複雑に入り組んだリアス式の地形で、緑と海の青のコントラストが夏の太陽に映えてとても綺麗です。

リアス式

こういう綺麗な景色に出会ったとき、心から旅に出て良かったと感じます。しかし、感動に浸っているうちにまずいことがおこりました。宇和島市外に近づくにつれて渋滞が始まり、やがてピクリとも動かなくなってしまったのです。このバスの宇和島駅着は16:56、これから乗る予讃線の特急松山行きは17:12。15分あれば大丈夫だろうと思っていたのですが、5分、10分と遅れは増す一方です。時刻表を見るとまだ宇和島まで20分近い距離があるのに、すでにバスは15分遅れ。宇和島からの予讃線はJR四国の中でも景色が良い区間として知られるだけに何とか明るいうちに乗りたかったのですが、もはや17:12発の特急は絶望的です。
 国道のバイパスの分岐点を過ぎてからは若干流れるようになったものの、それでも遅れを取り戻すほどのスピードは出せません。宇和島市の中心部に入った頃にはすでに特急の発車時間になっていました。不幸中の幸いで、すぐ後の17:18発の普通列車があります。これなら景色の良い区間を何とか日没前に通過できそうです。ですがもう時間がありません。信号と腕時計をにらみながら、祈るような気持ちで到着を待ちました。
 宇和島駅に着いたのは17:16。運賃箱にお金を突っ込むと、ダッシュで改札を通り抜けました。どうもバスからの客を待っていてくれたようで、松山行きの普通列車は1分ほど遅れて発車しました。無事に乗れて一安心です。

国鉄型

乗り込んだ列車は幸運なことにキハ58とキハ66の2両編成。国鉄時代から走る古いディーゼルカーで今年10月での引退が決まっています。そのせいか乗客の中には鉄道ファンがちらほら乗っていました。

綺麗だ

夕暮れに浮かぶ島々と海。2両のディーゼルカーはエンジンを震わせながらゆっくりと登ります。この綺麗な景色を特急で通り抜けるの速すぎるのです。特急に乗り遅れてよかった、そう心から思いました。

海から別れ山に分け入る頃に日は暮れました。やがて沿線の大きな街、八幡浜に尽きます。ちょうど下校時間帯なので、高校生がたくさん乗り込んできました。ロッテのアイドル塀内の母校、三瓶高校の生徒もいます。もちろん宇和島から乗ってきた学生もいます。塀内も橋本もあんな綺麗な景色を毎日眺めながら通学していたのでしょうか。なんだかうらやましいです。

そして18:40に昨日途中で引き返したばかりの伊予大洲駅に到着。宇和島行きの特急は19:22発で時間があります。ちょうどご飯時ですので駅の近くのお寿司屋さんで寿司を食べました。トロが無いのは残念でしたが、さすが海沿い、安くて美味い寿司でした。

満足した私は特急に乗り込みうつらうつら。終点の宇和島には20:05に着きましたが、なんだかすぐに着いたように思えます。ホテルは駅の真上にあるので早速荷物を置き、夜の街へと繰り出しました。
とは言っても別にその手の店に行ったわけではなく、夕刊フジに倉持明氏とその娘さんの記事が出ているという情報を入手たので探しに出かけたのです。
しかし駅の売店はもちろんどこのコンビニに行っても売っていませんでした。店員に聞いても、「夕刊紙って何ぞなもし?」と首を傾げるばかり。どうやら宇和島にはゲンダイはもちろん夕刊フジすら売っていないようです。がっかりした私はコンビニで明日の朝食と日本酒を買い、ホテルのベッドでラッパ飲みした後眠りにつきました。