
トルコ旅行記の第7回です。
エーゲ海に昇る朝日を眺め、ヘレニズム時代の古代遺跡、ベルガマ遺跡へと向かいます。。
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2010年9月22日。
朝6時半に起床。
周囲はまだ暗いですが、せっかくですからエーゲ海に昇る朝日を眺めましょう。
ビュッフェ形式の朝食を済ませた後、ホテルの中庭を抜けてプライベートビーチに行ってみました。
日の出前のビーチにはすでに同じような考えの日本人が数名ほどぶらついており、東の空を眺めていました。

朝7時20分頃に日の出。はるばるやってきたトルコでの日の出。感動です。

足元に猫が寄ってきました。人になれているのか、カメラを向けても逃げません。
さて、今日は朝8時に出発です。アイワルクを出発後エーゲ海沿いを南下し、ヘレニズム・ローマ時代の古代遺跡、ベルガマ遺跡とエフェソス遺跡を見学する予定になっています。

ベルガマまでは約1時間。畑の向こうに風力発電の風車が見えます。

ベルガマの街に入りました。

山の上に見えてきたのがベルガマ遺跡です。

なにやら細い道を登っていきます。

すれ違い困難な急坂になりました。

ベルガマ遺跡に到着しました。見晴らしの良い山の上です。
ベルガマ遺跡はペルガモン遺跡とも言われ、紀元前300年ごろから約500年間、アッタロス朝ペルガモン王国の都として栄えた都市の遺跡です。アレキサンダー大王の死後、彼が征服した広大な領土はいくつかに分割され、そのひとつがペルガモン王国でした。紀元前1世頃にペルガモンはローマの支配下となりましたが、その後もこの地方の中心都市として栄えたようです。
ベルガマ遺跡へのアクセスは非常に悪く。ベルガマの町の中心部からタクシーに乗って20分ほど登るか、山道を1時間ほど歩かねばなりません。
そこで、現在ベルガマの遺跡のふもとから山頂までのロープウェーが建設中です。

これがそのロープウェー。完成すればアクセスは飛躍的に向上します。
しかし、問題は団体客。有料となるうえに、一度に乗り切れない場合時間がかかってしまうため、もしロープウェー完成後観光バスで山頂に行けなくなった場合は、ベルガマ遺跡を観光ルートから外すかもしれない、と現地ガイドのセンギルさんは言っていました。ただし、トルコ政府はロープウェーの建設計画に賛成しておらず、認可が遅れているのだそうです。

遺跡の入口の手前にはお土産屋の屋台が並んでいます。
「バザールデゴザール!バザールデゴザール!」
「電池あるヨ!ジャスコより安い!」
日本人と見るや一斉に声をかけてきます。ジャスコなんて単語をどこで覚えたのでしょう。

石垣が見えてきました。いよいよ遺跡です。

市場の跡。眼下にはベルガマの街が見下ろせます。

このベルガマ遺跡にはトラヤヌス神殿、アテナ神殿、大劇場の跡があります。今日も天気に恵まれました。

かつてアテナ神殿だった壁がそそり立っています。壁の向こうには大劇場があるようです。

これは何の遺構でしょうか。

これは古代の水道の遺構です。はるか40キロ先から水道橋で水を流していたそうです。

アテナ神殿の跡です。かなりの大きさですが、土台が残るだけとなっています。
実は出土物のほとんどをドイツに持ち去られてしまい、現在はベルリンのペルガモン博物館で復元されたアテナ神殿を見ることが出来ます。

少し進むと神殿の柱が見えてきました。トラヤヌス神殿です。

柱に刻まれた彫刻。壮麗な神殿だったことが伺えます。

ローマ時代の皇帝の胸像でしょうか。

トラヤヌス神殿の全貌が見えてきました。ギリシャの神殿をこの目で見るのは初めてです。かなり壊れてはいますが、それでも立派な神殿ですよ。うーん来てよかった。ちなみに柱はコリント様式です。後ろの列柱はイオニア様式だとか。世界史の授業に出てくる単語ですね。

大理石の柱のかけらが無造作に置かれています。

それにしても大きな神殿です。このベルガマは紀元前2世紀ごろ第二のアテネと言われるほどの栄華を極めたのでした。
トラヤヌス神殿の奥には武器庫の跡があります。武器だけでなく食料なども貯蔵したそうです。

こちらは劇場の跡です。山の斜面に作られ、1万人を収容できたそうです。
客席部分が随分な急坂ですよ。
登っている観光客の小さいこと!スケールの大きさを感じます。

神殿の下に降りていきます。

美しいアーチの下の通路を歩いていきます。
このあたりは王宮の遺構らしいです。2000年前の技術力の高さに驚かされます。

再びアテナ神殿の遺構付近まで戻ってきました。

柱の土台だけ残された現状が痛々しいです。帝国主義時代の欧米列強の横暴ぶりが伝わってきますね。

アテナ神殿の脇には巨大な図書館がありました。2000年前。当時世界一を誇ったエジプトのアレキサンドリア図書館に対抗して建てられたのだそうです。蔵書数はなんと20万冊。世界第2位を誇りました。この図書館に脅威を覚えたエジプトがパピルスの輸出を禁止したため、打開策としてペルガモン王国の王エウメネス2世が羊皮紙を発明したと言われています。羊皮紙はドイツ語でペルガモント。英語でパーチメント。ここペルガモンが語源です。

アテナ神殿付近からトラヤヌス神殿を見上げます。

下を見るとゼウス大祭壇。神と巨人たちの戦いを描いた浮き彫り芸術は残念ながらドイツに持ち去られてしまいました。

30分ほど自由時間となったので大劇場まで降りてみました。かなりの傾斜で、高所恐怖症ではなくても足がすくみます。

当時の想像図。

登るのはいいですがちょっと降りられません。

トラヤヌス神殿を見上げます。まるで要塞です。

見事なアーチ。古代の人々はこのアーチの向こうに何を眺めたのでしょうか。

自由時間が終わりバスに乗車。
山を降りていきます。ダム湖が見えてきました。

大型バス同士のすれ違い。ぎりぎりです。
さて、ベルガマ遺跡では自由時間が短く、ベルガマ遺跡のすべてを見ることはできませんでした。
かつての栄華を極めた神殿の大きさがしのばれます。しかし残念ながら今見られるのは神殿の残骸だけ。
もうちょっと整備できるのではないかと思います。そこがちょっと残念でしたね。
次は、アスクレピオンと呼ばれる、古代の病院跡を見学します。
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図書館をめぐる争いの話、面白いですね。