
トルコ旅行記の第32回です。
いよいよ最終回。イスタンブールの世界遺産、アヤソフィアを見学し、帰国の途に着きます。
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2010年9月28日
イスタンブール新市街のコンラッドホテルを出発した我々はまず近くのチャイニーズレストランであまりおいしくない昼食を取り、ツアー最後の目的地アヤソフィアにバスで向かいました。

ローマ時代に建設された水道橋の下をくぐります。

そして再びやってきましたアヤソフィア。前回訪れた時は休館日でした。
アヤソフィアはそれでも1500年以上の歴史を誇るイスタンブールの世界遺産です。
キリスト教の大聖堂として西暦360年に建立され、その後何度か崩壊したため現在残る建物は西暦562年に再建されたものです。
東ローマ帝国時代は東方正教会のコンスタンティノープル総主教庁であり、また東ローマ帝国諸皇帝の霊廟として用いられました。
1453年にオスマン帝国がコンスタンティノープル(イスタンブール)を占領すると、時のスルタンメフメト2世はアヤソフィア大聖堂をモスクへ転用すると宣言しました。アヤソフィアからは十字架が取り外され、キリストなどが描かれたモザイク画は漆喰で塗りつぶされました。そしてメッカの方向を示すくぼみであるミフラーブが加えられましたが、それ以外の改修は行われず、ほぼ最小限にとどめられました。その後オスマン帝国で最も格式の高いモスクとして威容を示し続けたのでした。
現在はトルコ共和国の博物館となり、1935年以来一般に公開されています。

広場では軍楽隊のデモンストレーションが行われていました。

いよいよアヤソフィアに入館です。

アヤソフィア入口付近。

入口から入るとアヤソフィアの説明が書かれたパネルがあります。

大理石の壁。

アヤソフィアの側廊。天井が高いです。

南入口の上部にある「キリストと皇帝」のモザイク画。キリストに礼拝を行う皇帝が描かれています。皇帝が誰なのかはわかっていません。これらのモザイク画は19世紀以降修復が進んでいます。

さあ、大聖堂に入りましょう。

なんて大きさだ・・・。歴史を超える迫力です。現在の装飾はモスク時代のものを踏襲しており、壁にかかった木製の黒い円盤にはアラビア文字でアッラー、ムハンマド、アリーまでの4人のカリフの名が書かれています。

縦にするとドームの高さが分かります。

しばらく言葉もなく左右を眺めます。

大聖堂の入口から見て左側。

天井に天使の絵がありました。

聖堂の両脇にある側廊。

1500年の時の重みを感じます。

「聖母子、ユスティニアヌス1世とコンスタンティヌス1世」の壁画。10世紀後半の作と言われ、アヤソフィア建立を指示したローマ皇帝ユスティニアヌス1世がアヤソフィアを、アヤソフィア再建を指示した東ローマ皇帝コンスタンティヌス1世がコンスタンティノープルを捧げている図が描かれています。

もういちど大聖堂を眺めます。

天井のドーム。

修復工事が現在も進んでいます。

大聖堂の奥の半ドームにある聖母子のモザイク画。淡い光を受けてぼんやりと輝いています。

2階に上がります。

2階から見下ろします。やはり広いです。

縦にして撮りました。迫力をより感じていただけると思います。

2階部分を歩きます。

ドームの壁。

2階には修復されたモザイク画がいくつか展示されています。これは「デイシス」のモザイク・イコン。キリストの顔が立体的に描かれているのが特徴で、南窓から入る自然光を効果的に利用する工夫が施されており、ビザンティン美術の最高傑作とされているそうです。下半分がないのは昔の人たちがお守りとして少しずつはがして持ち帰ったからと言われています。

これは「聖母子と12世紀の皇帝ヨハネス2世コムネノス夫妻のモザイク画」です。

「キリストと皇帝コンスタンティノス9世・ゾエ夫妻」のモザイク画です。

見事なモザイク画を堪能しつつ、2階の回廊を歩きます。

ドームの屋根付近。

そろそろ時間となりました。最後にもう一度大聖堂を撮影。

それにしても、よくもまあこのような巨大な建造物が幾多の戦乱に耐え、1500年もの長きに渡って生き残ってきたと思います。東ローマ時代からのたゆまぬ補修と、イスラム教徒たちの畏敬の念がそうさせたのでしょうか。本当に素晴らしいものは宗教を超えて崇拝されるのでしょう。
14:30。私が参加したJTBの「大満喫!トルコ10」はすべての日程を終えました。バスは高速道路を1時間ほど走りアタチュルク空港に到着。18:30に成田行きトルコ航空TK50便はアタチュルク空港を無事離陸し、翌9月29日の12時前に無事成田空港に到着。荷物を家において、いつものマリンスタジアムに向かったのでした。
〜トルコ旅行記2010 完〜
さて、トルコ旅行記はこれで終わりです。
予定よりも時間がかかりすぎてしまいましたが、なんとか完結できてほっとしています。
今回は添乗員付きのツアーに参加し、トルコ国内を周遊すると言う形となりました。
ツアーメンバー17名中一人参加は私だけでしたが、他の方々から色々と良くしていただいたおかげで気まずい場面は一度もありませんでした。私も含め日程中遅刻やトラブルは一切無し。かなり恵まれたツアーだったと思います。ギリシャ・ローマ時代の遺跡に感動し、パムッカレでは世界遺産の石灰棚と水着の金髪姉ちゃんを堪能し、カッパドキアでは大自然が作り出した奇岩の世界に驚き、しかも気球にまで乗ることが出来ました。イスタンブールでは様々な歴史的建造物を見学したほか、当初予定に無かった自由時間を活用し、公共交通機関に乗って街の息吹を感じることが出来ました。これだけの見所を10日間で一気に回ることが出来るのはツアーならではの魅力です。

ですが、ツアーで広いトルコ国内を効率的に回れた反面、若干物足りなさを感じました。鉄道には乗れませんでしたし、見学時間も足りませんでした。手間はかかっても、自分で計画して、自分の足で回ったほうが思い出に残る旅になったのかもしれません。
いずれにせよ、広大で鉄道網が未発達のトルコをいきなり一人で旅するのはハードルが高いです。次に訪れる機会があれば、ぜひバスを乗り継いでトルコの台地を巡ってみたいと思います。
長々とお付き合いいただきありがとうございました。
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イスタンブール新市街のコンラッドホテルを出発した我々はまず近くのチャイニーズレストランであまりおいしくない昼食を取り、ツアー最後の目的地アヤソフィアにバスで向かいました。

ローマ時代に建設された水道橋の下をくぐります。

そして再びやってきましたアヤソフィア。前回訪れた時は休館日でした。
アヤソフィアはそれでも1500年以上の歴史を誇るイスタンブールの世界遺産です。
キリスト教の大聖堂として西暦360年に建立され、その後何度か崩壊したため現在残る建物は西暦562年に再建されたものです。
東ローマ帝国時代は東方正教会のコンスタンティノープル総主教庁であり、また東ローマ帝国諸皇帝の霊廟として用いられました。
1453年にオスマン帝国がコンスタンティノープル(イスタンブール)を占領すると、時のスルタンメフメト2世はアヤソフィア大聖堂をモスクへ転用すると宣言しました。アヤソフィアからは十字架が取り外され、キリストなどが描かれたモザイク画は漆喰で塗りつぶされました。そしてメッカの方向を示すくぼみであるミフラーブが加えられましたが、それ以外の改修は行われず、ほぼ最小限にとどめられました。その後オスマン帝国で最も格式の高いモスクとして威容を示し続けたのでした。
現在はトルコ共和国の博物館となり、1935年以来一般に公開されています。

広場では軍楽隊のデモンストレーションが行われていました。

いよいよアヤソフィアに入館です。

アヤソフィア入口付近。

入口から入るとアヤソフィアの説明が書かれたパネルがあります。

大理石の壁。

アヤソフィアの側廊。天井が高いです。

南入口の上部にある「キリストと皇帝」のモザイク画。キリストに礼拝を行う皇帝が描かれています。皇帝が誰なのかはわかっていません。これらのモザイク画は19世紀以降修復が進んでいます。

さあ、大聖堂に入りましょう。

なんて大きさだ・・・。歴史を超える迫力です。現在の装飾はモスク時代のものを踏襲しており、壁にかかった木製の黒い円盤にはアラビア文字でアッラー、ムハンマド、アリーまでの4人のカリフの名が書かれています。

縦にするとドームの高さが分かります。

しばらく言葉もなく左右を眺めます。

大聖堂の入口から見て左側。

天井に天使の絵がありました。

聖堂の両脇にある側廊。

1500年の時の重みを感じます。

「聖母子、ユスティニアヌス1世とコンスタンティヌス1世」の壁画。10世紀後半の作と言われ、アヤソフィア建立を指示したローマ皇帝ユスティニアヌス1世がアヤソフィアを、アヤソフィア再建を指示した東ローマ皇帝コンスタンティヌス1世がコンスタンティノープルを捧げている図が描かれています。

もういちど大聖堂を眺めます。

天井のドーム。

修復工事が現在も進んでいます。

大聖堂の奥の半ドームにある聖母子のモザイク画。淡い光を受けてぼんやりと輝いています。

2階に上がります。

2階から見下ろします。やはり広いです。

縦にして撮りました。迫力をより感じていただけると思います。

2階部分を歩きます。

ドームの壁。

2階には修復されたモザイク画がいくつか展示されています。これは「デイシス」のモザイク・イコン。キリストの顔が立体的に描かれているのが特徴で、南窓から入る自然光を効果的に利用する工夫が施されており、ビザンティン美術の最高傑作とされているそうです。下半分がないのは昔の人たちがお守りとして少しずつはがして持ち帰ったからと言われています。

これは「聖母子と12世紀の皇帝ヨハネス2世コムネノス夫妻のモザイク画」です。

「キリストと皇帝コンスタンティノス9世・ゾエ夫妻」のモザイク画です。

見事なモザイク画を堪能しつつ、2階の回廊を歩きます。

ドームの屋根付近。

そろそろ時間となりました。最後にもう一度大聖堂を撮影。

それにしても、よくもまあこのような巨大な建造物が幾多の戦乱に耐え、1500年もの長きに渡って生き残ってきたと思います。東ローマ時代からのたゆまぬ補修と、イスラム教徒たちの畏敬の念がそうさせたのでしょうか。本当に素晴らしいものは宗教を超えて崇拝されるのでしょう。
14:30。私が参加したJTBの「大満喫!トルコ10」はすべての日程を終えました。バスは高速道路を1時間ほど走りアタチュルク空港に到着。18:30に成田行きトルコ航空TK50便はアタチュルク空港を無事離陸し、翌9月29日の12時前に無事成田空港に到着。荷物を家において、いつものマリンスタジアムに向かったのでした。
〜トルコ旅行記2010 完〜
さて、トルコ旅行記はこれで終わりです。
予定よりも時間がかかりすぎてしまいましたが、なんとか完結できてほっとしています。
今回は添乗員付きのツアーに参加し、トルコ国内を周遊すると言う形となりました。
ツアーメンバー17名中一人参加は私だけでしたが、他の方々から色々と良くしていただいたおかげで気まずい場面は一度もありませんでした。私も含め日程中遅刻やトラブルは一切無し。かなり恵まれたツアーだったと思います。ギリシャ・ローマ時代の遺跡に感動し、パムッカレでは世界遺産の石灰棚と水着の金髪姉ちゃんを堪能し、カッパドキアでは大自然が作り出した奇岩の世界に驚き、しかも気球にまで乗ることが出来ました。イスタンブールでは様々な歴史的建造物を見学したほか、当初予定に無かった自由時間を活用し、公共交通機関に乗って街の息吹を感じることが出来ました。これだけの見所を10日間で一気に回ることが出来るのはツアーならではの魅力です。

ですが、ツアーで広いトルコ国内を効率的に回れた反面、若干物足りなさを感じました。鉄道には乗れませんでしたし、見学時間も足りませんでした。手間はかかっても、自分で計画して、自分の足で回ったほうが思い出に残る旅になったのかもしれません。
いずれにせよ、広大で鉄道網が未発達のトルコをいきなり一人で旅するのはハードルが高いです。次に訪れる機会があれば、ぜひバスを乗り継いでトルコの台地を巡ってみたいと思います。
長々とお付き合いいただきありがとうございました。
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