
2013年の4月末に三陸地方に行ってきました。
東日本大震災から2年。復興はどこまで進んでいるのでしょう。
4回目は釜石からバスに乗って宮古へ。宮古から三陸鉄道北リアス線で小本に向かいます。
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2日目の4月28日。今日は釜石から海岸沿いを八戸まで北上し、新幹線で帰宅します。

本来であれば釜石から宮古までJR山田線に乗り、宮古から三陸鉄道北リアス線、久慈からJR八戸線となりますが、JR山田線は盛岡〜宮古間の運行で、宮古〜釜石間は運休中。復旧のめど
も立っていません。そのため宮古まではバス移動となります。直通バスは無く、道の駅やまだで乗り換えとなります。

7:50発のバスで道の駅やまだへと向かいます。東京の国際興業バスそっくりのバスがやってきました。

バスは海岸線を北上し、大槌地区に入りました。このあたりも津波により甚大な被害を受けた地域です。道路沿いに「ボランティア・ありがとう」と書かれた看板がありました。

津波が根こそぎ押し流してしまったのでしょう。

震災から2年。いまだに処理されないがれきが積み上がっています。

バスは大槌町内を走ります。

被災地の空を泳ぐこいのぼり。

道路の柵が・・・。

海沿いを走ります。道路は復旧していますが・・・。

8:38に岩手船越駅前に到着。バスは次の「道の駅やまだ」が終点ですが、宮古行のバスが船越駅前始発なので、ここで降りました。

この駅は津波の影響を受けていませんが、駅舎の入口はふさがれてしまい、駅構内に入ることはできません。

今にも列車が来そうな岩手船越駅のホーム。全線復旧はいつになるのでしょうか。

8:50に宮古駅前行きのバスがやってきました。客は私一人ですが、道の駅やまだから7人ほど乗ってきました。

今はきれいな海です。

建物の土台だけが残っています。

津波で破壊された建物。

津波の爪痕が生々しいです。

1階部分が破壊されたまま。

根こそぎやられています。

真新しいマンションですが、2階部分までやられています。

山田線の線路に沿って進みます。

駅がありました。バスはこまめに客を乗せ、通路まで満員になりました。

入り江に沿って走ります。

9:55に宮古駅に到着。宮古駅は海から離れており、津波の被害はないようです。

三陸鉄道の宮古駅。ここから北に延びる北リアス線はNHKの朝ドラ「あまちゃん」の舞台になったことで知られます。

三陸鉄道に寄せられたメッセージ。

恋ヶ窪駅と恋し浜。駅名に「恋」という字がつく縁で、西武鉄道からメッセージが寄せられていました。

お土産コーナー。辛口の煎餅がおいしいです。

三陸鉄道の復旧状況が掲示されています。

こちらは南リアス線。

次の列車まで時間があるので市場に行ってみました。

魚だけでなく野菜など様々なものが売られていました。市場内の定食屋は朝から満席。おいしいのでしょう。

今度の発射は11:45発の小本行です。北リアス線は宮古〜小本間と田野畑〜久慈間が復旧しており、小本〜田野畑間は代行バスになります。

いざホームへ。こちらの車両は開業からの古株です。

山口団地駅に到着。「あまちゃん」効果か座席はほぼ埋まりました。

一の渡駅に到着。この辺りはトンネルの連続で、景色はあまりよくありません。

佐羽根駅に到着。山の中の無人駅です。

田老駅に到着。田老は高さ10メートルの巨大な防潮堤が海岸にそびえ立っていたのですが、東日本大震災でそれを上回る津波に見舞われ、壊滅的な被害を受けました。市街地はほぼ更地
になってしまっています。

海沿いの残るがれきの山。

多くの犠牲者を出した田老、巨大な防潮堤があったことが逆に逃げ遅れにつながったという証言があるのだそうです。

摂待駅。不思議な駅名です。

更地が広がります。

切符は硬券でした。

コンクリート製の橋を渡ります。

終点の小本駅が見えてきました。

12:20に小本駅到着。ここから田野畑までは代行バスになります。

駅舎は観光センターが併設されていました。
次回は代行バスで田野畑に向かい、三陸鉄道北リアス線で久慈へ、八戸線で八戸へと向かいます。
震災以来、宮古がしばしば夢に出てきます。懐かしさもですが、恐怖もあるのだと思います。この夏休みに(盛岡からの日帰りにはなりますが)宮古に行ってくるので、いろいろ自分の目で確かめてこようと思います。