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南イタリア旅行記の第5回です。
3日目の2013年9月17日。サッシと呼ばれる洞窟住居が残る世界遺産の街マテーラを散策します。
サッシ地区の外周の道を歩き、サン・ピエトロ・カヴェオーソ教会や、フレスコ画が残る洞窟教会サンタ・ルチア・アレ・マールヴェ教会、かつての洞窟住居の内部を再現したカーサ・グロッタなどを見学しました。


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■ 3日目 2013年9月17日

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宮殿の町カゼルタからサッシの町マテーラにやってきました。ホテル・レジデンス・サン・ジョルジョの部屋に荷物を置き、さっそくマテーラの町を散策してみましょう。
今はマテーラの旧市街、サッシ地区の中央部にいます。
そもそもサッシという洞窟住居とはどのようなものなのでしょうか。
サッシはイタリア語でいう岩、サッソの複数形で、その歴史は古代までさかのぼります。
先史時代、自然にできたほら穴に住んでいた人々は、その後幾多の民俗の侵略を受け、守りに適した洞窟住居への居住を余儀なくされました。その後新市街に貴族の館や教会ができる一方で、農耕や牧畜を生業とした一般庶民は極度に貧しい状態に置かれたため、近代まで洞窟住居に住み続けました。サッシは狭い上に日当たりが悪く、また水道も整備されなかったため衛生面の問題がありました。
この状態を改善するため、第二次世界大戦後に新しい住宅街の開発を行い、サッシ地区に住む住民を移住させ、それまでの洞窟住居は放棄されました。一時期のサッシ地区は無人の廃墟になったのです。
最近になってサッシの観光的価値が見直され、サッシ地区の修復や再生が進んでいます。つまり、それまで「恥」とまで言われたサッシが、観光の目玉として注目されることとなったのです。現在のサッシは世界遺産にも指定され、マテーラの歴史を今に伝える重要な役目を担っています。

そんなわけで、マテーラの町は豪華な建物が並ぶ新市街と、寂しげで荒涼としたサッシ地区という二つの顔を持つ、とても面白い町になっています。まずはサッシ地区を歩き、いくつかの教会を見学してみましょう。

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サッシ地区は2つの丘があり、それぞれ西側がサッソ・バリサーノ地区、東側がサッソ・カヴェオーソ地区と呼ばれています。現在地はちょうどその中間。谷間の道を歩いています。写真の階段を登ればサッソ・バリサーノ地区に行くことができます。

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目の前が開けてきました。サッシ地区の終端部に着いたのです。

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サッソ・カヴェオーソ地区へと続く階段。

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こちらはヴァリサーノ地区。我々が歩いてきた道は大きくカーブし、カヴェオーソ地区の外延部の南へと続いています。

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サッシ地区を囲む大きな谷。その先には荒涼とした風景が広がります。

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不思議な光景です。白い岩がところどころ見えていますね。植物がほとんど生えていません。

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大きな穴を利用した建物。かつては人が住んでいたのでしょうか。

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対岸の崖。砦のような建物があります。

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道端の木に野いちごが成っています。たまたま車で通りかかった地元の人が、「これおいしいから食べてみなよ」と、野いちごをもぎ取って、我々に分けてくれました。ちょっとすっぱい味でしたが、おいしいです。

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谷底にかかる橋。日程に余裕があれば散策したいです。残念ながら明日の夕方にはここを去らねばなりませんから、おそらくあそこまでは行けないかと。

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どこまでも続く谷。すぐ近くに大きな市街地があるとは思えない光景です。

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サッシ地区を見上げます。明日の朝はここを登って歩いてみましょうか。

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レストランがありました。どこと無くアラブの香りがします。

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バス停がありました。どうやら観光客向けにバスが運行されているようです。

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対岸の谷間に降りる観光客。結構険しい道ですよ。

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対岸の崖。ところどころある穴には、かつて人が住んでいたのかもしれません。


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サッシ地区は予想以上に見ごたえがあり、散策していて楽しいです。

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前方にすさまじい景色が見えてきました。切り立った崖、崖に張り付くようにして建てられた洞窟住居群、その上には洞窟住居から移住させられた人たちが住むアパート。地層のように折り重なる様は、まさにマテーラの歴史そのものです。

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洞窟住居、サッシ群を望遠レンズで撮ってみました。実に不思議な、そして見る者に強烈な印象を与える景色です。

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新住宅との対比。

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そして崖に張り付くように建つ2つの教会。手前の教会がサン・ピエトロ・カヴェオーソ教会。奥の岩山がサンタ・マリア・デ・イドリス教会です。

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晴れていてよかったです。雨が降るとまた違った雰囲気になりそうですね。

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だんだん教会に近づいてきました。

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今まで歩いてきた道。

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この道はサッシ群の市街地に入り、急坂を登って新市街に至ります。

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さて、サン・ピエトロ・カヴェオーソ教会の前にやってきました。マテーラの特徴のひとつは教会の多さ。貧困の象徴であるサッシ群があるわりには教会が多いのです。かつて県都が置かれて反映したことにもよるのでしょうけど、サッシとのアンバランスさがまた面白いです。
サン・ピエトロ・カヴェオーソ教会は1300年ごろに建てられ、現在残る建物は17世ごろに修復されたものです。教会自体はごく普通の教会でした。歩き方だとミサの時しか開いていないと書いてあるのですが、問題なく入れます。ただし、写真撮影不可です。

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教会の前から谷を見下ろします。風の音しかしない、静かな町です。

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サッソ・カヴェオーソと呼ばれるサッシ群。小高い丘に、まるで積み重なるようにサッシが建っています。

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こちらは先ほどの住宅群。近づけば近づくほど風景としての凄みが増してきます。

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土産物を売るおっさん。マテーラの日本語版ガイドブックが6ユーロで売られていたので購入しました。写真が豊富で、歩き方には省略されている教会の解説もあり、お買い得な一冊でした。マテーラをしっかり観光したいのなら絶対買うべきです。

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サン・ピエトロ・カヴェオーソ教会の脇から、がけっぷちの道を進みます。しばらく行くとカーサグロッタと書かれた看板がありました。

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日本語の説明があります。なるほど、グロッタの家という名前で、かつてのサッシでの暮らしがどのようなものか再現されているのですね。行ってみましょう。

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カーサグロッタ。2ユーロ払って中に入ります。

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中に入るとかつての洞窟住居での暮らしぶりが再現されています。日本の1LDKのアパートぐらいの広さでしょうか。

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こちらはキッチンです。

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機織りにベッドがあります。ずいぶん小さなベッドですね。この部屋で食事をしたそうです。奥には馬がつながれていました。

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ベッドの脇にこんなものが。トイレです。下水道はありません。なるほど、不衛生といわれるわけです。

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かつてのサッシの暮らしについてのビデオ。イタリア語なのでよくわかりません。
20分ほど見学してカーサグロッタを出ました。

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カーサ・グロッタのすぐ近くにサンタ・ルチア・アレ・マールヴェ教会という教会がありました。がけに面した洞窟教会です。
入口にノートパソコンで遊んでいる兄さんがいて、3教会共通のチケットを6ユーロを買いました。ここの教会と、岩山をくりぬいたサンタ・マリア・デ・イドリス教会と、イドリス教会にくっついたジオバンニ、イン、モンテローネ教会の2つです。

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サンタ・ルチア・アレ・マールヴェ教会は洞窟教会で、8世紀に建てられ、1283年まで修道院の住居として使用されました。
「授乳の聖母」、「大天使ミカエル」、「聖グレゴリオ」、「聖母の戴冠」などの見事なフレスコ画が残っています。

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残念ながらフレスコ画のある教会のメイン部分は撮影禁止、何も無いところだけ撮りました。


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サンタ・ルチア・アレ・マールヴェ教会を出て階段を登ります。

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正面にはサンタ・マリア・デ・イドリス教会の岩山が見えています。

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すごい。本当にすごい。何度見ても飽きません。次回もマテーラ散策です。




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