
南イタリア旅行記の第15回です。
6日目の2013年9月20日は移動日。
プーリア州のアルベロベッロから私鉄を乗り継ぎイタリア半島の足の裏にあたるターラントへ。さらに国鉄に乗り換えてナポリへ。ナポリからはヴェスピオ周遊鉄道に乗ってソレントを目指しました。
今まで順調だった鉄道の旅でしたが、ここでイタリアの洗礼を浴びることに・・・。
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■ 6日目 2013年9月20日
7時半に起床。今日は移動日です。イタリア半島のアドリア海側にあるプーリア州アルベロベッロから、私鉄のスッド・エスト線に乗ってイタリア半島の足の裏にあたるターラントへ。ターラントからはイタリア国鉄に乗り換えて一気にイタリア半島を横断してナポリへ。ナポリからは私鉄Circumvesuviana鉄道(ヴェスヴィオ周遊鉄道)に乗ってソレントへと向かいます。1日がかりでの移動ですが、アルベロベッロ駅出発は11:12なので時間があります。
我々の泊まるトゥルッリからホテルのレセプションまでは徒歩5分ほど。8時過ぎにレセプションの隣のレストランで朝食を済ませ、チェックアウトしました。10時半になったら部屋まで迎えに来てもらえ、レセプションまで荷物を運んでもらえるそうです。

時間があるのでトゥルッリ地区をぶらつきます。3日目となるとだいぶ見慣れてきましたが、これで見納めかと思うと感慨深いです。

特徴的なトゥルッリですが、アルベロベッロに来たからには周辺の町にもぜひ足を延ばしてほしいです。ロコロトンドやマルティーナ・フランカ、どちらも魅力的な町でした。

ガイドブックに良く出てくる屋根に印がついたトゥルッリ。

黄色い車。

さて、そろそろホテルの一室になっているトゥルッリに戻りましょう。キッチンがあって、庭があって。まるで住むように滞在できるトゥルッリでした。旅という非日常の世界で、日常生活を送るように滞在できる。最高の贅沢です。
部屋に戻ってしばらくのんびりしていたら迎えのバンがやってきました。迎えと言っても乗せてくれるのはスーツケースだけで、我々は歩きです。
レセプションでは応対してくれた兄ちゃんと硬い握手を交わして別れの挨拶をしました。
「これまで泊まった中で、一番すばらしいホテルでした。ありがとう」
「こちらこそありがとう。いい旅を」

歩いてアルベロベッロの駅へ。ターラントまでの切符を買います。1時間以上かかりますが、3.5ユーロと安いです。
ターラントに直接行く列車は無く、昨日行ったマルティーナ・フランカで乗換えとなります。
こちらはスッド・エストの路線図。この鉄道はイタリア半島の南部の足の裏からかかとの部分まで路線を延ばしています。機会があれば南のほうもじっくり周ってみたいですね。

駅名入りの路線図。こういうのがあると全部乗ってみたくなります。

アルベロベッロを紹介する看板。下のほうには姉妹都市である白川郷の写真がありました。

遠く離れたイタリアの地で日本を紹介してもらえるのは嬉しいです。

11:12。ほぼ時間通りに列車がやってきました。
スーツケースを持って乗り込もうとする我々を見た駅員が「この列車はバーリ行じゃないよ」と言ってきましたが、我々が乗るのはバーリ行ではなくマルティーナ・フランカ行き。この列車でよいのです。バーリに戻る観光客が多いので声をかけてくれたのでしょう。「われわれはターラントに行くんだ」というと「シーシー」と答えてくれました。
昨日散策したロコロトンドの街並みを眺め、しばらく走って11:30すぎに終点のマルティーナ・フランカ着。ここでターラント行きに乗り換えです。今度のターラント行きは12:38発。あと1時間もあります。

やることも無いので駅構内をぶらぶら。

ターミナル駅で、車庫が併設されています。

車庫の奥には年季の入った客車が留置されています。

随分古い客車ですが、営業運転されることはあるのでしょうか。

しばらくすると1両のディーゼルカーが入ってきました。レッチェ行きのようです。
随分古めかしいディーゼルカーですね。乗りたいです。一人旅らしき日本人女性が一人乗り込みました。

列車の側面に表示される行先票。

無骨なデザインです。我々が乗る列車はこれではなく、12:38発のターラント行き。
トイレに行きたいのですが駅のトイレの鍵が閉まっており、駅員に鍵を借りてトイレを済ませました。
やがてターラントからやってきた列車が12:20ごろに到着し、入線し駅舎で待っていた学校帰りの子供たちといっしょにぞろぞろ歩いて乗り込み、7分遅れの12:45に発車しました。

田園地帯をのんびり走りました。
駅に着くと降りる子供と乗る子供がいます。学校が多いのか、乗客がなかなか減りません。

やがてターラントの工業地帯が見えてきました。天気がどんどん悪くなっています。

電化されている国鉄の路線と合流し、海沿いを走りつつターラントを目指します。

終点のターラントには6分遅れの13:22に到着。かなり強いにわか雨が振っています。屋根が無いホームなのでずぶぬれになりました。

スッド・エスト線のホームは国鉄駅のホームのはずれにあります。今度の列車は14:00発の急行列車で、ナポリを経由してローマに向かう長距離列車です。乗り換えの時間は40分ほど。切符は日本でネット購入してあります。2等車で38ユーロ。

駅前広場に出てみました。雨が弱まっています。ターラントは紀元前にギリシャ人が住んだ歴史ある町ですが、旧市街は荒廃が進み、治安が悪いそうです。現在は南部を代表する工業都市になっています。

お腹が空いたので駅構内のバールでパンとコーヒーを飲みます。パンは3.5ユーロ。熱々に焼いてくれるのでとても美味しかったです。

ターラントの駅舎。

やがてナポリに向かう客車列車がホームに入ってきました。駅舎からホームに向かいます。エレベーターもエスカレーターも無いのでスーツケースを持っての移動が大変です。

先頭に行って機関車の写真を撮っていたら車掌から「写真は禁止だ!」と怒られました。実は、イタリアでは駅構内での写真撮影が禁止されているようなのです。観光客ならほぼ黙認してくれるようですが、そういえばボローニャ駅のイタロの待合室は写真撮影不可でしたね。ただ、ボローニャ駅で入線してくるイタロの写真を駅員の隣で撮ったときは何も言われませんでした。基準が良く分からないです。いずれにせよここまで厳しく言われたのは初めてでした。

列車に乗り込みました。このローマ行きICはすべて2等車。とはいえ席は広く、コンセントもあります。
ただ残念なことに窓がとても汚い!これでは景色を楽しめません。

14:00に発車。時間通りです。雨は降ったり止んだり。晴れ間がのぞいたと思ったら雨が降ってきます。景色は田園地帯で、あまり変わり映えしません。ポテンザとサレルノの間は渓谷となっており景色がきれいなのですが、窓が汚すぎて台無し。写真を上手く撮れませんでした。

ローカル線のディーゼルカー見えます。落書きがひどいです。

サレルノ駅に到着。われわれはこのままナポリに向かい、ソレントを経由してアマルフィに向かいますが、実はアマルフィに行くならここサレルノからバスか船に乗るのが一番楽なのです。アマルフィまではバスで1時間。ソレントからだと2時間かかります。
ただし景色がきれいなのは圧倒的にソレント周り。なので我々もあえてソレントを目指しました。

ターラントから4時間少々。ほぼ定刻の18:25ごろにナポリ中央駅に到着しました。
ここから私鉄のCircumvesuviana鉄道(ヴェスヴィオ周遊鉄道)に乗り換えてソレントを目指します。
Circumvesuviana鉄道(ヴェスヴィオ周遊鉄道)の駅はナポリ・ガリバルディという名前の地下駅。看板にしたがって駅を目指したはずが、国鉄近郊線のガリバルディ地下駅に降りてしまいました。あわてて引き返します。
ソレントに向かうヴぇスビオ周遊鉄道の駅は自動券売機が無く、窓口で切符を買わなければなりません。3つある窓口には行列ができていました。ソレントまで4.1ユーロです。
今度の発車は18:41発のソレント行。事前に時刻表を調べてきました。現在18:30ですからあと10分です。
しかし、ホームに下りると18:20に発車するはずの列車がホームに到着したところでした。ソレント行が出発する3番ホームは他の行先の列車も止まるので、今いる列車はソレントに行きません。

列車が出発。次の列車は18:41発のソレント行のはずですが、ホームの発車案内表示には違う行先の違う列車が表示されています。やがてその違う行先の列車が発車すると、発車案内には何も表示されなくなりました。いったいどうなっているのでしょう。

時刻は18:50になろうとしています。乗ろうとしている列車は行方不明。いったいどうなっているのでしょう。ホームには観光客や地元の客でごった返しています。
やがて発車案内に「19:13 ソレント行」と表示されました。
やられた!
19:13発は目当ての18:41発の次の列車。つまり何のアナウンスもないまま勝手に1本運休したのです。
いままでほぼ時間通りに鉄道を利用してきましたが、ついにナポリでイタリアクオリティが炸裂。それも遅れではなく、予告なしの運休でした。
結局19:13発の列車は何事も無かったかのように定刻にやってきて、定刻に発車しました。古くて落書きだらけのみすぼらしい電車です。金持ち御用達の世界的観光地であるソレントに向かう列車とは思えません。まあ金持ちは列車なんか乗りませんね。
前の列車が一本勝手に運休したせいで車内は満員。我々はスーツケースを抱えて通路に立ちました。
それにしても前の列車の運休は一体なんだったのでしょう。ひょっとしたら、18:41に出発するはずの列車は私の見間違いで、本当はそんな列車など存在しないのでしょうか。
そんなことを考えていたら、後ろのアメリカ人から話しかけられました。
「日本人かい?」
「そうです」
「どこから来たの?」
「千葉です」
「チバ?」
「成田空港やディズニーランドがあるあたりです」
「ああ、わかったよ。僕はいま日本に住んでいるんだ。コカ・コーラで働いているんだよ。ロッポンギやアカサカには良く行くね」
「へぇぇ、そうなんですか。自分はペプシよりもコカ・コーラの方がすきですよ」
「オウ!グレイト!」
今日本のコカコーラで働いているそうです。その割には日本語はほとんど話せないということなので、日本に来たばかりなのでしょう。ペプシよりコカコーラが好きだと言ったらうれしそうでした。
アメリカ人の彼との話はまだ続きます。
「アメリカに来たことはある?」
「2回ぐらいありますよ。メジャーリーグを観たくてね。シアトルでイチローを見て、ニューヨークで黒田を観ました」
「それはいいね。ダルビッシュは知ってる?」
「もちろん」
「僕はテキサスの生まれなんで、レンジャーズを応援しているんだ。彼はすばらしいピッチャーだね」
「ダルビッシュも応援していますよ。すごいピッチャーです」
彼はアメリカに住んでいるガールフレンドとイタリアで合流し、ローマから南下してこれからカプリ島やアマルフィに行くらしいです。今日はソレントに泊まるのだとか。
「この電車はとても混んでいるね」
「そうですね。とても疲れます」
「でも日本の朝ほどじゃないね」
「それはまあ・・・。あとこの電車は時間にルーズですよ。18時の電車に乗ろうとしたら来ないし」
「僕も18時の電車を待っていたんだが・・・」
「18時の電車はどうしたのですかね?」
「さあ?」
やっぱりこのアメリカ人も18:41発の列車を待っていたのです。私のみ間違いではなく、勝手に運休されたのでした。
中学レベルの単語力を駆使し、アメリカ人と必死に英会話を続ける私、過去こんなに長く英語を話したことはありません。
列車はナポリ湾を左手に見つつ南下。だんだん日が暮れてきます。アメリカ人はとっても話好きのようで、私以外にもたくさんの人に話しかけていました。

最後の20分でようやく座れ、20:15に終点のソレント駅に到着。沢山話したアメリカ人に挨拶しようと思いましたが、彼らはさっさとどこかに行ってしまいました。バックパックとスーツケースでは機動力が違うのです。

駅から歩いてホテルへ。町の中心部にあるPalazzo Tassoというアパートメントタイプのホテルで、最上階の5階はキッチンつきの4人部屋で、ダブルベッドの寝室が2部屋あります。ただ観光地だけあってお値段が高く、1泊220ユーロもします。

部屋はまあまあです。一部遮光カーテンが閉まらない部屋もありますが、疲れているので問題なく眠れるでしょう。

荷物を置いて夜のソレントの街をぶらぶらしました。朝食なしで予約したので、どこかで調達しなければなりません。幸いソレントの町は21時を過ぎてもにぎわっており、お店も開いていました。観光用のSLバスも走っています。

我々は朝食用に牛乳とパルマハム3枚、モッツァレラチーズ、トマト、リンゴを買いました。ハムがとても安いです。

ゆがんだ時計。そういえばソレントはダリゆかりの地でしたね。

ソレントのメインストリート。

一本裏通りに入りました。

もう22時になるのですが、お土産屋が並び、観光客でにぎわっています。

色々なものが売られていますね。

我々は一度ホテルに戻って朝食を冷蔵庫に入れ、ホテルの裏にあるレストランに向かいました。時刻は22時を過ぎています。

カルーソという高級そうな店で、ウェイターがとても愛想がよく、きびきび動いています。店内でギターによる演奏有。帰れソレントへなどを歌ってくれました。

続いてオーダーしたのはろうそく型パスタ。パスタのフライの中に魚や蟹のすり身がつまっています。あさりといっしょに食べるのですが、これがおいしい。こんな手の込んだパスタは食べたことがありません
メインはえびのロースト。サラダににんじんとズッキーニの細切りを頼みました。オリーブオイル味でおいしいです。
我々がおいしく食べているとウェイトレスに話しかけられました
「ソレントは初めて?」
「はい。これからアマルフィ―に行きます」
「イタリアの北の方には行ったことある?ローマやフィレンツェなどは?」
「去年行きましたよ。ベネチア、ローマ、フィレンツェ、ミラノを回りました」
「そう。でもご飯は南イタリアの方がずっとおいしいでしょ」
「全くその通りですね。もうおいしくておいしくて。」
満足満足。ちょっと高かったですが。
時刻は0時になろうとしています。明日は船でアマルフィへ。いよいよこの旅のハイライトです。
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7時半に起床。今日は移動日です。イタリア半島のアドリア海側にあるプーリア州アルベロベッロから、私鉄のスッド・エスト線に乗ってイタリア半島の足の裏にあたるターラントへ。ターラントからはイタリア国鉄に乗り換えて一気にイタリア半島を横断してナポリへ。ナポリからは私鉄Circumvesuviana鉄道(ヴェスヴィオ周遊鉄道)に乗ってソレントへと向かいます。1日がかりでの移動ですが、アルベロベッロ駅出発は11:12なので時間があります。
我々の泊まるトゥルッリからホテルのレセプションまでは徒歩5分ほど。8時過ぎにレセプションの隣のレストランで朝食を済ませ、チェックアウトしました。10時半になったら部屋まで迎えに来てもらえ、レセプションまで荷物を運んでもらえるそうです。

時間があるのでトゥルッリ地区をぶらつきます。3日目となるとだいぶ見慣れてきましたが、これで見納めかと思うと感慨深いです。

特徴的なトゥルッリですが、アルベロベッロに来たからには周辺の町にもぜひ足を延ばしてほしいです。ロコロトンドやマルティーナ・フランカ、どちらも魅力的な町でした。

ガイドブックに良く出てくる屋根に印がついたトゥルッリ。

黄色い車。

さて、そろそろホテルの一室になっているトゥルッリに戻りましょう。キッチンがあって、庭があって。まるで住むように滞在できるトゥルッリでした。旅という非日常の世界で、日常生活を送るように滞在できる。最高の贅沢です。
部屋に戻ってしばらくのんびりしていたら迎えのバンがやってきました。迎えと言っても乗せてくれるのはスーツケースだけで、我々は歩きです。
レセプションでは応対してくれた兄ちゃんと硬い握手を交わして別れの挨拶をしました。
「これまで泊まった中で、一番すばらしいホテルでした。ありがとう」
「こちらこそありがとう。いい旅を」

歩いてアルベロベッロの駅へ。ターラントまでの切符を買います。1時間以上かかりますが、3.5ユーロと安いです。
ターラントに直接行く列車は無く、昨日行ったマルティーナ・フランカで乗換えとなります。
こちらはスッド・エストの路線図。この鉄道はイタリア半島の南部の足の裏からかかとの部分まで路線を延ばしています。機会があれば南のほうもじっくり周ってみたいですね。

駅名入りの路線図。こういうのがあると全部乗ってみたくなります。

アルベロベッロを紹介する看板。下のほうには姉妹都市である白川郷の写真がありました。

遠く離れたイタリアの地で日本を紹介してもらえるのは嬉しいです。

11:12。ほぼ時間通りに列車がやってきました。
スーツケースを持って乗り込もうとする我々を見た駅員が「この列車はバーリ行じゃないよ」と言ってきましたが、我々が乗るのはバーリ行ではなくマルティーナ・フランカ行き。この列車でよいのです。バーリに戻る観光客が多いので声をかけてくれたのでしょう。「われわれはターラントに行くんだ」というと「シーシー」と答えてくれました。
昨日散策したロコロトンドの街並みを眺め、しばらく走って11:30すぎに終点のマルティーナ・フランカ着。ここでターラント行きに乗り換えです。今度のターラント行きは12:38発。あと1時間もあります。

やることも無いので駅構内をぶらぶら。

ターミナル駅で、車庫が併設されています。

車庫の奥には年季の入った客車が留置されています。

随分古い客車ですが、営業運転されることはあるのでしょうか。

しばらくすると1両のディーゼルカーが入ってきました。レッチェ行きのようです。
随分古めかしいディーゼルカーですね。乗りたいです。一人旅らしき日本人女性が一人乗り込みました。

列車の側面に表示される行先票。

無骨なデザインです。我々が乗る列車はこれではなく、12:38発のターラント行き。
トイレに行きたいのですが駅のトイレの鍵が閉まっており、駅員に鍵を借りてトイレを済ませました。
やがてターラントからやってきた列車が12:20ごろに到着し、入線し駅舎で待っていた学校帰りの子供たちといっしょにぞろぞろ歩いて乗り込み、7分遅れの12:45に発車しました。

田園地帯をのんびり走りました。
駅に着くと降りる子供と乗る子供がいます。学校が多いのか、乗客がなかなか減りません。

やがてターラントの工業地帯が見えてきました。天気がどんどん悪くなっています。

電化されている国鉄の路線と合流し、海沿いを走りつつターラントを目指します。

終点のターラントには6分遅れの13:22に到着。かなり強いにわか雨が振っています。屋根が無いホームなのでずぶぬれになりました。

スッド・エスト線のホームは国鉄駅のホームのはずれにあります。今度の列車は14:00発の急行列車で、ナポリを経由してローマに向かう長距離列車です。乗り換えの時間は40分ほど。切符は日本でネット購入してあります。2等車で38ユーロ。

駅前広場に出てみました。雨が弱まっています。ターラントは紀元前にギリシャ人が住んだ歴史ある町ですが、旧市街は荒廃が進み、治安が悪いそうです。現在は南部を代表する工業都市になっています。

お腹が空いたので駅構内のバールでパンとコーヒーを飲みます。パンは3.5ユーロ。熱々に焼いてくれるのでとても美味しかったです。

ターラントの駅舎。

やがてナポリに向かう客車列車がホームに入ってきました。駅舎からホームに向かいます。エレベーターもエスカレーターも無いのでスーツケースを持っての移動が大変です。

先頭に行って機関車の写真を撮っていたら車掌から「写真は禁止だ!」と怒られました。実は、イタリアでは駅構内での写真撮影が禁止されているようなのです。観光客ならほぼ黙認してくれるようですが、そういえばボローニャ駅のイタロの待合室は写真撮影不可でしたね。ただ、ボローニャ駅で入線してくるイタロの写真を駅員の隣で撮ったときは何も言われませんでした。基準が良く分からないです。いずれにせよここまで厳しく言われたのは初めてでした。

列車に乗り込みました。このローマ行きICはすべて2等車。とはいえ席は広く、コンセントもあります。
ただ残念なことに窓がとても汚い!これでは景色を楽しめません。

14:00に発車。時間通りです。雨は降ったり止んだり。晴れ間がのぞいたと思ったら雨が降ってきます。景色は田園地帯で、あまり変わり映えしません。ポテンザとサレルノの間は渓谷となっており景色がきれいなのですが、窓が汚すぎて台無し。写真を上手く撮れませんでした。

ローカル線のディーゼルカー見えます。落書きがひどいです。

サレルノ駅に到着。われわれはこのままナポリに向かい、ソレントを経由してアマルフィに向かいますが、実はアマルフィに行くならここサレルノからバスか船に乗るのが一番楽なのです。アマルフィまではバスで1時間。ソレントからだと2時間かかります。
ただし景色がきれいなのは圧倒的にソレント周り。なので我々もあえてソレントを目指しました。

ターラントから4時間少々。ほぼ定刻の18:25ごろにナポリ中央駅に到着しました。
ここから私鉄のCircumvesuviana鉄道(ヴェスヴィオ周遊鉄道)に乗り換えてソレントを目指します。
Circumvesuviana鉄道(ヴェスヴィオ周遊鉄道)の駅はナポリ・ガリバルディという名前の地下駅。看板にしたがって駅を目指したはずが、国鉄近郊線のガリバルディ地下駅に降りてしまいました。あわてて引き返します。
ソレントに向かうヴぇスビオ周遊鉄道の駅は自動券売機が無く、窓口で切符を買わなければなりません。3つある窓口には行列ができていました。ソレントまで4.1ユーロです。
今度の発車は18:41発のソレント行。事前に時刻表を調べてきました。現在18:30ですからあと10分です。
しかし、ホームに下りると18:20に発車するはずの列車がホームに到着したところでした。ソレント行が出発する3番ホームは他の行先の列車も止まるので、今いる列車はソレントに行きません。

列車が出発。次の列車は18:41発のソレント行のはずですが、ホームの発車案内表示には違う行先の違う列車が表示されています。やがてその違う行先の列車が発車すると、発車案内には何も表示されなくなりました。いったいどうなっているのでしょう。

時刻は18:50になろうとしています。乗ろうとしている列車は行方不明。いったいどうなっているのでしょう。ホームには観光客や地元の客でごった返しています。
やがて発車案内に「19:13 ソレント行」と表示されました。
やられた!
19:13発は目当ての18:41発の次の列車。つまり何のアナウンスもないまま勝手に1本運休したのです。
いままでほぼ時間通りに鉄道を利用してきましたが、ついにナポリでイタリアクオリティが炸裂。それも遅れではなく、予告なしの運休でした。
結局19:13発の列車は何事も無かったかのように定刻にやってきて、定刻に発車しました。古くて落書きだらけのみすぼらしい電車です。金持ち御用達の世界的観光地であるソレントに向かう列車とは思えません。まあ金持ちは列車なんか乗りませんね。
前の列車が一本勝手に運休したせいで車内は満員。我々はスーツケースを抱えて通路に立ちました。
それにしても前の列車の運休は一体なんだったのでしょう。ひょっとしたら、18:41に出発するはずの列車は私の見間違いで、本当はそんな列車など存在しないのでしょうか。
そんなことを考えていたら、後ろのアメリカ人から話しかけられました。
「日本人かい?」
「そうです」
「どこから来たの?」
「千葉です」
「チバ?」
「成田空港やディズニーランドがあるあたりです」
「ああ、わかったよ。僕はいま日本に住んでいるんだ。コカ・コーラで働いているんだよ。ロッポンギやアカサカには良く行くね」
「へぇぇ、そうなんですか。自分はペプシよりもコカ・コーラの方がすきですよ」
「オウ!グレイト!」
今日本のコカコーラで働いているそうです。その割には日本語はほとんど話せないということなので、日本に来たばかりなのでしょう。ペプシよりコカコーラが好きだと言ったらうれしそうでした。
アメリカ人の彼との話はまだ続きます。
「アメリカに来たことはある?」
「2回ぐらいありますよ。メジャーリーグを観たくてね。シアトルでイチローを見て、ニューヨークで黒田を観ました」
「それはいいね。ダルビッシュは知ってる?」
「もちろん」
「僕はテキサスの生まれなんで、レンジャーズを応援しているんだ。彼はすばらしいピッチャーだね」
「ダルビッシュも応援していますよ。すごいピッチャーです」
彼はアメリカに住んでいるガールフレンドとイタリアで合流し、ローマから南下してこれからカプリ島やアマルフィに行くらしいです。今日はソレントに泊まるのだとか。
「この電車はとても混んでいるね」
「そうですね。とても疲れます」
「でも日本の朝ほどじゃないね」
「それはまあ・・・。あとこの電車は時間にルーズですよ。18時の電車に乗ろうとしたら来ないし」
「僕も18時の電車を待っていたんだが・・・」
「18時の電車はどうしたのですかね?」
「さあ?」
やっぱりこのアメリカ人も18:41発の列車を待っていたのです。私のみ間違いではなく、勝手に運休されたのでした。
中学レベルの単語力を駆使し、アメリカ人と必死に英会話を続ける私、過去こんなに長く英語を話したことはありません。
列車はナポリ湾を左手に見つつ南下。だんだん日が暮れてきます。アメリカ人はとっても話好きのようで、私以外にもたくさんの人に話しかけていました。

最後の20分でようやく座れ、20:15に終点のソレント駅に到着。沢山話したアメリカ人に挨拶しようと思いましたが、彼らはさっさとどこかに行ってしまいました。バックパックとスーツケースでは機動力が違うのです。

駅から歩いてホテルへ。町の中心部にあるPalazzo Tassoというアパートメントタイプのホテルで、最上階の5階はキッチンつきの4人部屋で、ダブルベッドの寝室が2部屋あります。ただ観光地だけあってお値段が高く、1泊220ユーロもします。

部屋はまあまあです。一部遮光カーテンが閉まらない部屋もありますが、疲れているので問題なく眠れるでしょう。

荷物を置いて夜のソレントの街をぶらぶらしました。朝食なしで予約したので、どこかで調達しなければなりません。幸いソレントの町は21時を過ぎてもにぎわっており、お店も開いていました。観光用のSLバスも走っています。

我々は朝食用に牛乳とパルマハム3枚、モッツァレラチーズ、トマト、リンゴを買いました。ハムがとても安いです。

ゆがんだ時計。そういえばソレントはダリゆかりの地でしたね。

ソレントのメインストリート。

一本裏通りに入りました。

もう22時になるのですが、お土産屋が並び、観光客でにぎわっています。

色々なものが売られていますね。

我々は一度ホテルに戻って朝食を冷蔵庫に入れ、ホテルの裏にあるレストランに向かいました。時刻は22時を過ぎています。

カルーソという高級そうな店で、ウェイターがとても愛想がよく、きびきび動いています。店内でギターによる演奏有。帰れソレントへなどを歌ってくれました。

続いてオーダーしたのはろうそく型パスタ。パスタのフライの中に魚や蟹のすり身がつまっています。あさりといっしょに食べるのですが、これがおいしい。こんな手の込んだパスタは食べたことがありません
メインはえびのロースト。サラダににんじんとズッキーニの細切りを頼みました。オリーブオイル味でおいしいです。
我々がおいしく食べているとウェイトレスに話しかけられました
「ソレントは初めて?」
「はい。これからアマルフィ―に行きます」
「イタリアの北の方には行ったことある?ローマやフィレンツェなどは?」
「去年行きましたよ。ベネチア、ローマ、フィレンツェ、ミラノを回りました」
「そう。でもご飯は南イタリアの方がずっとおいしいでしょ」
「全くその通りですね。もうおいしくておいしくて。」
満足満足。ちょっと高かったですが。
時刻は0時になろうとしています。明日は船でアマルフィへ。いよいよこの旅のハイライトです。
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