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9月25日の試合後にはサブローの引退セレモニーが行われました。
まず縁のある人物たちからのメッセージ。
バレンタイン元監督、高橋由伸監督(巨人)、宮本慎也さん、稲葉篤紀さん、福永祐一騎手、松井稼頭央(楽天)選手、今江敏晃(楽天)選手、ベニーさん、西岡剛(阪神)選手の順番でした。
ベニーがエリーゼを歌いだしたとき、「チーバ!ロッテ、マーリーンズ!」で切ってしまったのは大人の事情ですね。旧応援団から圧力を受けて現応援団が封印した曲ですからビジョンで流せなかったのでしょう。

続いてサブローからの挨拶が行われました。

まずはじめにこのような盛大な舞台をつくっていただいたロッテ球団の皆さまに、お礼申し上げます。

 思えば長い道のりでした。入団当初は体が弱く、スピードにもついていけず、本当にこんなところでやっていけるのだろうかと、挫折の連続でした。こんな私でもここまでやることができました。それは家族をはじめ、支えてくださった皆さま方のおかげだと思います。感謝いたします。

 私の子供の頃の夢はプロ野球選手になることでした。その夢は無事に達成することができました。私にはもう一つの夢があります。この千葉ロッテマリーンズを日本一の球団にすることです。その夢に向かって、勇往邁進(まいしん)してまいります。

 こんな私ですが22年間と長い間、愛してくださって本当にありがとうございました。




挨拶が終わると花束贈呈。
岡田、福浦、石田打撃投手。そして里崎と息子さんから花束の贈呈を受けました。
里崎はなんと午前中徳島にいたそうで、このセレモニーのために急きょ駆けつけてくれたのだそうです。






花束贈呈が終わるとサブローは監督や選手たち一人一人と握手を交わします。
1軍の選手だけでなく。2軍から大松や伊志嶺、荻野、大嶺祐が参加。球団職員の塀内や、マイナーリーグで奮闘した中後の姿もありました。

そして場内一周。
外野スタンドからは白い紙テープが盛大に投げ入れられました。
レフトのオリックスファンも紙テープを投げてくれましたね。サブロー最終打席でも球場で配布されたサブローの応援ボードを掲げて応援してくれましたし、オリックスファンには感謝の言葉しかないです。

最後は胴上げと記念撮影で終了。
サブロー現役最後の日は、こうして過ぎていきました。


セレモニーの動画はこちらから見ることができます。

ファンから愛され ファンを愛した Mサブロー現役最後の試合まとめ


マリーンズ・サブロー 縁のある人物たちからのメッセージ


マリーンズ・サブロー 背番号3のナインたちによる涙の胴上げ




サブロー。
私がマリーンズファンになったのは1997年。
マリーンズの今までを振り返ると、そこにはいつもサブローがいました。
サブローのいないマリーンズを、これまで考えたことが無かった。
来年からはサブローがいない、という事実がまだ信じられません。
言いようのない喪失感を感じています。

弱かったマリーンズ。
勝率5割を目指すのがやっと。優勝は夢のまた夢。
優勝など無理だと言いつつ、心の奥底で「でも、いつかは」と思い続けた暗黒時代。

サブローはそんなマリーンズにあってファンからの期待を集めていました。
才能はあるのに発揮しきれず、ミスも多かったサブロー。

しかしそんなサブローが徐々に成長し、そして2005年に「つなぎの4番」としてブレーク。
チームの中心選手になっていきました。

サブローは、マリーンズそのものでした。
サブローの成長は、チームが強くなっていく軌跡と重なります。
夢が夢でなくなったあの瞬間。サブローは自らの殻を破り、光り輝きました。

2005

2005年の日本一の時も、

2010

2010年の日本一の時も、そこにはサブローがいました。
サブローの活躍無しに、2度の日本一はありませんでした。

晩年のサブローは守備面で衰えを見せながらも、勝負強いバッティングでマリーンズの勝利に貢献してくれました。
そして悩める若手にボソッとアドバイスをするサブロー。多くの選手に慕われたのも、その面倒見の良さ故でしょう。

サブローの引退により、2005年の優勝メンバーで今も選手としてチームに残っているのは福浦と内だけになってしまいました。
つまり、このブログ「マリンブルーの風」が始まってから今まで残っている選手も福浦と内だけということです。

月日は流れ、マリーンズの選手たちもどんどん入れ替わっていきます。
サブローは選手としての役割を終えました。
サブローの熱いマリーンズ愛は、勝利へのバトンとなり次の世代の選手たちに受け継がれていきます。

今度はコーチや監督として、マリーンズを勝利に導いてほしいです。
今まで本当にお疲れ様でした。



チームメイトが語るサブローとの思い出 (ベースボールキング)

25日にQVCマリンでサブローの引退試合が行われ、22年間の現役生活に別れを告げた。

 サブローは94年ドラフト1位でロッテに入団。“つなぎの4番”と評された05年に、31年ぶりのリーグ優勝、日本一に貢献。リーグ3位から日本一を成し遂げた10年の日本シリーズでも、4番打者として活躍した。11年途中に巨人へトレード移籍するも、同年オフにFA宣言しロッテへ復帰。プロ22年目の今季引退を決断した。

 そこで、ロッテの若手・中堅選手たちに、サブローとの思い出について聞いてみた。

鈴木大地キャプテン(5年目/内野手)
「中々最初の方は、会話ができないすごい選手でした。ここ1、2年すごく色んな話をさせてもらって、考え方だったり、すごく勉強になりました。もっともっと勉強させて欲しいという気持ちがありました。正直寂しいですし、もっと色んな話を聞きたかったです」

唐川侑己(9年目/投手)
「たくさん食事に連れて行ってもらい、色んな話を教えていただきました。球場以外でも、色んな場面でアドバイスを頂いた先輩です」

清田育宏(7年目/外野手)
「僕は打てないことが多かったので、今年も二軍にいた時に、ワンポイントアドバイスをいただきました。スゴく短い期間でしたが、思い出があるというか、僕が入った時からスーパースターだったので、一緒にプレーできて感謝しています」

大谷智久(7年目/投手)
「色々な選手を見てくださった中で、僕もその一人。前回のクライマックス・シリーズで打たれた時も、声をかけてもらいました。すごくありがたい言葉を貰いました。プレーでもそうですし、学ぶべきことが多い方でした」

西野勇士(8年目/投手)
「クローザー1年目のときに、初めて失敗したときがありました。その時に“下を向くな、クローザーは堂々としていないといけない”と声をかけてもらいました。サブさんもバッターで色んなピッチャーと戦ってきて、良いクローザーというのがサブさんの中にもあったと思います。僕はクローザー像というものを教えてもらいました」

加藤翔平(4年目/外野手)
「僕が2年目の時の話ですが、ファームへ落ちるため、荷物整理していたときに、サブさんがお風呂に入っていました。たまたま2人きりになったんですけど、「お前こういう癖があるよ」、「こういう風に意識したらどうなんや」とずっとお風呂で2人きりで教えてくれました。そんなに多く会話をするわけではないですけど、「お前こういう風になっているぞ」、「こういうところ意識してみろよ」とボソッと言ってくれました。凄い成績を残している方で参考になりました。そういう一言、一言に重みがある方だなと思います」

岩下大輝(2年目/投手)
「(引退発表後に打撃投手で)投げさせてもらって、その時に僕のピッチャーとしての特徴と、バッターからの意見というのを教えて頂きました。サブローさんからアドバイスをいただいたというのは、とてもありがたかったです」

脇本直人(2年目/外野手)
「サブローさんが引退を発表した後に、バッティングがよくなったなと声をかけられたのが、とても嬉しかったです」

 野手だけでなく、投手陣にも積極的に声をかけたサブロー。大谷智久、西野勇士といった終盤大事な場面で登場するリリーフに対して、ベテランとしてフォローをしている話が特に印象的だった。サブローからアドバイスをもらった後輩たちの今後の活躍に期待したいところだ。


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引退セレモニーの写真をご覧ください。


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