イタリア・シチリア島旅行記の第38回です。
9日目はシラクーサからカターニアに移動し、エトナ山周遊鉄道に乗車に乗車します。
エトナ山周遊鉄道の小さなディーゼルカーに乗り、溶岩流が残るエトナ山を巡ります。
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■9日目 2017年9月9日 土曜日
エトナ山周遊鉄道の始発駅、カターニア・ボルゴ駅のホームで列車を待っていると、車庫古いディーゼルカーが入線してきました。
この古い列車はカターニア・ボルゴ駅14:28発のアドラーノ・ノード止まりの区間列車です。
エトナ山周遊鉄道全線に乗るためには次の15:05発ランダッツォ行き列車に乗り、終点でリポスト行き列車に乗る必要があります。14:28の列車は乗換駅であるランダッツォまで行きませんが、15:05の列車は新しいディーゼルカー。風情がありません。
しかし14:28発の列車は1980年製のオンボロ気動車。この列車に乗って終点のアドラーノで次の列車に乗ればランダッツォに行けるわけですから、乗るならこれです。
というわけで1本早い14:28発の列車に乗車。車齢40年を超すオンボロ気動車で、もちろん冷房はありません。
しかし車内の座席はきれいに磨かれており、ゴミも落ちていません。
なお、車窓の目玉であるエトナ山は進行方向右側に見えますから、右側の席に座るのがポイントです。
定刻通り出発。市街地を抜け、エトナ山を右手に見ながらのんびりと走ります。
エトナ山周遊鉄道は1898年に全線開通。エトナ山をぐるりと取り囲むように走る全長110キロのローカル線です。
線路幅は950mmで日本の狭軌よりも狭く、1〜2両編成の小さなディーゼルカーがのんびり走っています。
第二次世界大戦で線路が破壊され不通となりましたが、1947年に運行再開し、現在に至ります。
かつてはカターニア・ボルゴ駅から町の中心部を抜けてカターニア・ポルト駅まで線路が伸びていましたが、この区間を走る地下鉄の開業に合わせて廃止され、カターニア・ボルゴ駅が始発となりました。
廃墟がみえます。
列車とすれ違いました。
しばらく走るとまた列車とすれ違いました。
カターニア周辺は通勤需要もあるためか本数が多く、1時間に1本程度走っています。
北上するにつれて本数が減り、最終的には1日4本になってしまいます。
ただし、エトナ山周遊鉄道は日曜日は全線運休となるため乗車できません。
観光路線なのですから運行するべきだとは思いますが、カトリックの国なので日本の考え方とは違うのでしょう。
木々や石垣が燃えた跡が残っています。かつてエトナ山の溶岩流がここまで押し寄せたのでしょうか。
これは溶岩ですね。こんな線路際まで溶岩が押し寄せたとは驚きです。
無人駅に停車しました。
溶岩でできた丘。田園地帯をのんびり走るかと思っていましたが、意外と景色が荒々しいです。
橋を渡りますが、川に水がありません。
パテルノー駅に到着。折り返し列車も設定されている比較的大きな駅です。駅構内には使われていない客車が放置されていました。
パテルノー駅を出るとトンネルが多くなります。
このあたりの区間は2009年から2015年にかけて近代化とスピードアップのため地下トンネルメインの新線に切り替えられ、曲がりくねった旧線は廃止されています。
長いトンネルを抜け、ビアンカヴィッラ・ポッジョロッソ駅に到着。
コンクリート製の味気ない無人駅です。
電光掲示板があるものの、行き先や列車名などが全く表示されず、単なる看板になっています。
やたら広い駅前広場。入り口が閉まっていますが、駅前広場として使われているのでしょうか。
列車はカーブしながら先へと進みます。
車掌がやってきたので切符を見せて「リポストまで行く」と告げると、次のアドラノ・セントロ駅で降りろと言われました。
私が乗っている区間列車の終点はもう一つ先のアドラノ・ノード駅ですが、車掌の言うことに従って次で降りることとしましょう。
アドラノ・セントロ駅に到着。単線で片面一線の地下駅です。
時刻は15:34。次に乗るランダッツォ行き列車は16:05に到着予定です。
30分ほど時間がありますから、駅の周りを歩いてみましょう。
地上に上がるとアドラノ駅の駅舎がありました。アドラノ駅は地下化とともに廃止され、ホームは残っていますが線路は無くなっていました。
地下化され片面1線の駅になりましたが、地下化される前はホームが3面もある立派な駅だったのです。
アドラノ駅の駅舎。駅舎自体は地下のアドラノ・セントロ駅に流用され、駅舎内のバールもそのまま営業していました。
アドラノ駅の赤い駅舎。
廃線跡を歩いてみました。
地下化されて不要になったエトナ山周遊鉄道の廃線跡。ごみが散乱しています。
使われなくなった踏切。
それにしてもごみが多い。廃線跡歩きの感傷的な気分が台無しです。
アドラノの町を歩いて気に戻ります。
イタリアの典型的な田舎町ですね。
アドラノ・セントロ駅に戻ってきました。
トイレに行きたくなりましたが、駅構内にトイレはありません。
正確に言うとあるのですが、駅ではなく駅構内のバールの付属物になっています。
つまり、トイレに行きたければバールでコーヒーなどを買って飲まないといけないのです。
のんびりコーヒーを飲んでトイレを済ませてふと時計を見ると16:05になっていました。
16:05!次に私が乗る列車の出発時刻です。
まずい、うっかり乗り遅れたか・・・。
この列車に乗れないと乗換駅であるランダッツォでリポスト駅の列車に乗り継ぐことができません。リポスト行きの列車は17:15発が最終で、その後がないのです。そうなると全線に乗ることはできず、ここまで来ておきながらカターニアにスゴスゴ引き返さなければなりません。
私は焦って駅員に「ランダッツォ行きの列車はもう行ってしまいましたか?」と聞くと、駅員は英語で「まだ来ていないからホームで待て」との返事。
本当でしょうか。日本ならあり得ない話ですが、ここはイタリア。5分や10分の遅れは当たり前です。
駅員の言うことを信じれば安心です。しかしこのおっさん。どうにもやる気を感じません。信用できるのか・・・。
地下ホームに通じる階段を降りるとまるでついさっきディーゼルカーが過ぎ去ったかのように排気ガスのにおいが充満しています。
嫌な予感。
果たして私が乗るべき列車はまだ来ていないのかもう行ってしまったのか。
ふと見るとイケメンのお兄さんがベンチでスマホをいじっています。
私の記憶が確かならば、私が前の列車を降りた30分前からずっとホームにいたはずです。
私は意を決してイタリア語で「次の列車はもう来ましたか?」と聞いてみました。
するとイケメンのお兄さんはにっこり笑いながら「まだ来ていないよ。俺はカターニアから来るガールフレンドをここで待っているんだ。どうやら、遅れているようだね」と、答えてくれました。
よかった、まだ列車は来ていなかった。
目当ての列車に乗れず引き返す羽目にならずほっと一安心です。
やがて16:12にランダッツォ行き列車が7分遅れでアドラノ・セントロ駅にやってきました。
女性が一人おりてくると、先ほどのイケメンお兄さんと抱き合ってキスをしています。
私はお兄さんに礼を言って列車に乗りこみました。
それにしてもイタリアではイケメンほど旅行者にやさしい傾向がありますね。
とにかく、目当ての列車に無事に乗車できました。
アドラノから乗車した新型気動車。ヨーロッパのどこにでもあるタイプで、トイレとエアコンが完備された快適車両です。
やがて上り坂にさしかかり、高度を上げていきます。
アドラノ・ノード駅に到着。コンクリートの無人駅で、周りには何もありません。
ここからは本数が減り、ローカル色が濃くなります。
落書きされた無人駅の駅舎。
溶岩流の跡が生々しいです。エトナ山は何度も噴火していますが、人々は変わらず住み続けています。
列車は高速道路を見下ろしつつ走ります。
エトナ山麓の小さな町、ブロンテが見えてきました。
立派な教会があります。
ブロンテの住宅街。
ブロンテ駅に到着。赤い駅舎が印象的です。ちゃんとトイレもありました。
ブロンテの町を見下ろしながら列車は先へと進みます。
エトナ山の溶岩流の跡。エトナ山の溶岩流は流れが非常に遅いため、噴火してもゆっくり避難できるのだそうです。
アパート群のすぐそばまで溶岩流が押し寄せています。驚くことにあのアパートには今も人が住んでいます。
噴火が怖くないのでしょうか。
火山ととともにたくましく生きているのですね。
黒い大地とエトナ山。
畑が広がっています。
列車はカーブしながらマレットの町へと入っていきます。
マレット駅に到着。何人かが降りました。
この駅も赤い駅舎です。
エトナ山をぐるりと回りながら、列車は西へと進みます。
住宅地に入りました。ランダッツォの町です。
10分ほど遅れ、17:11にこの列車の終点ランダッツォ駅に到着しました。
駅前にはバスが止まっていました。
エトナ山周遊鉄道はランダッツォ駅を境に運行形態が完全に分割されており、全線に乗るためにはこの駅で乗り換える必要があります。
リポスト駅行きの列車は17:15発。本日の最終列車です。
10分遅れたせいでギリギリの乗り換えになりましたが、なんとか席を確保。
観光客が多いですね。途中まで観光バスに乗ってきたのかもしれません。
次回はリポストまでエトナ山周遊鉄道に乗車。とにかく、無事に乗り換えができてよかったです。
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エトナ山周遊鉄道の始発駅、カターニア・ボルゴ駅のホームで列車を待っていると、車庫古いディーゼルカーが入線してきました。
この古い列車はカターニア・ボルゴ駅14:28発のアドラーノ・ノード止まりの区間列車です。
エトナ山周遊鉄道全線に乗るためには次の15:05発ランダッツォ行き列車に乗り、終点でリポスト行き列車に乗る必要があります。14:28の列車は乗換駅であるランダッツォまで行きませんが、15:05の列車は新しいディーゼルカー。風情がありません。
しかし14:28発の列車は1980年製のオンボロ気動車。この列車に乗って終点のアドラーノで次の列車に乗ればランダッツォに行けるわけですから、乗るならこれです。
というわけで1本早い14:28発の列車に乗車。車齢40年を超すオンボロ気動車で、もちろん冷房はありません。
しかし車内の座席はきれいに磨かれており、ゴミも落ちていません。
なお、車窓の目玉であるエトナ山は進行方向右側に見えますから、右側の席に座るのがポイントです。
定刻通り出発。市街地を抜け、エトナ山を右手に見ながらのんびりと走ります。
エトナ山周遊鉄道は1898年に全線開通。エトナ山をぐるりと取り囲むように走る全長110キロのローカル線です。
線路幅は950mmで日本の狭軌よりも狭く、1〜2両編成の小さなディーゼルカーがのんびり走っています。
第二次世界大戦で線路が破壊され不通となりましたが、1947年に運行再開し、現在に至ります。
かつてはカターニア・ボルゴ駅から町の中心部を抜けてカターニア・ポルト駅まで線路が伸びていましたが、この区間を走る地下鉄の開業に合わせて廃止され、カターニア・ボルゴ駅が始発となりました。
廃墟がみえます。
列車とすれ違いました。
しばらく走るとまた列車とすれ違いました。
カターニア周辺は通勤需要もあるためか本数が多く、1時間に1本程度走っています。
北上するにつれて本数が減り、最終的には1日4本になってしまいます。
ただし、エトナ山周遊鉄道は日曜日は全線運休となるため乗車できません。
観光路線なのですから運行するべきだとは思いますが、カトリックの国なので日本の考え方とは違うのでしょう。
木々や石垣が燃えた跡が残っています。かつてエトナ山の溶岩流がここまで押し寄せたのでしょうか。
これは溶岩ですね。こんな線路際まで溶岩が押し寄せたとは驚きです。
無人駅に停車しました。
溶岩でできた丘。田園地帯をのんびり走るかと思っていましたが、意外と景色が荒々しいです。
橋を渡りますが、川に水がありません。
パテルノー駅に到着。折り返し列車も設定されている比較的大きな駅です。駅構内には使われていない客車が放置されていました。
パテルノー駅を出るとトンネルが多くなります。
このあたりの区間は2009年から2015年にかけて近代化とスピードアップのため地下トンネルメインの新線に切り替えられ、曲がりくねった旧線は廃止されています。
長いトンネルを抜け、ビアンカヴィッラ・ポッジョロッソ駅に到着。
コンクリート製の味気ない無人駅です。
電光掲示板があるものの、行き先や列車名などが全く表示されず、単なる看板になっています。
やたら広い駅前広場。入り口が閉まっていますが、駅前広場として使われているのでしょうか。
列車はカーブしながら先へと進みます。
車掌がやってきたので切符を見せて「リポストまで行く」と告げると、次のアドラノ・セントロ駅で降りろと言われました。
私が乗っている区間列車の終点はもう一つ先のアドラノ・ノード駅ですが、車掌の言うことに従って次で降りることとしましょう。
アドラノ・セントロ駅に到着。単線で片面一線の地下駅です。
時刻は15:34。次に乗るランダッツォ行き列車は16:05に到着予定です。
30分ほど時間がありますから、駅の周りを歩いてみましょう。
地上に上がるとアドラノ駅の駅舎がありました。アドラノ駅は地下化とともに廃止され、ホームは残っていますが線路は無くなっていました。
地下化され片面1線の駅になりましたが、地下化される前はホームが3面もある立派な駅だったのです。
アドラノ駅の駅舎。駅舎自体は地下のアドラノ・セントロ駅に流用され、駅舎内のバールもそのまま営業していました。
アドラノ駅の赤い駅舎。
廃線跡を歩いてみました。
地下化されて不要になったエトナ山周遊鉄道の廃線跡。ごみが散乱しています。
使われなくなった踏切。
それにしてもごみが多い。廃線跡歩きの感傷的な気分が台無しです。
アドラノの町を歩いて気に戻ります。
イタリアの典型的な田舎町ですね。
アドラノ・セントロ駅に戻ってきました。
トイレに行きたくなりましたが、駅構内にトイレはありません。
正確に言うとあるのですが、駅ではなく駅構内のバールの付属物になっています。
つまり、トイレに行きたければバールでコーヒーなどを買って飲まないといけないのです。
のんびりコーヒーを飲んでトイレを済ませてふと時計を見ると16:05になっていました。
16:05!次に私が乗る列車の出発時刻です。
まずい、うっかり乗り遅れたか・・・。
この列車に乗れないと乗換駅であるランダッツォでリポスト駅の列車に乗り継ぐことができません。リポスト行きの列車は17:15発が最終で、その後がないのです。そうなると全線に乗ることはできず、ここまで来ておきながらカターニアにスゴスゴ引き返さなければなりません。
私は焦って駅員に「ランダッツォ行きの列車はもう行ってしまいましたか?」と聞くと、駅員は英語で「まだ来ていないからホームで待て」との返事。
本当でしょうか。日本ならあり得ない話ですが、ここはイタリア。5分や10分の遅れは当たり前です。
駅員の言うことを信じれば安心です。しかしこのおっさん。どうにもやる気を感じません。信用できるのか・・・。
地下ホームに通じる階段を降りるとまるでついさっきディーゼルカーが過ぎ去ったかのように排気ガスのにおいが充満しています。
嫌な予感。
果たして私が乗るべき列車はまだ来ていないのかもう行ってしまったのか。
ふと見るとイケメンのお兄さんがベンチでスマホをいじっています。
私の記憶が確かならば、私が前の列車を降りた30分前からずっとホームにいたはずです。
私は意を決してイタリア語で「次の列車はもう来ましたか?」と聞いてみました。
するとイケメンのお兄さんはにっこり笑いながら「まだ来ていないよ。俺はカターニアから来るガールフレンドをここで待っているんだ。どうやら、遅れているようだね」と、答えてくれました。
よかった、まだ列車は来ていなかった。
目当ての列車に乗れず引き返す羽目にならずほっと一安心です。
やがて16:12にランダッツォ行き列車が7分遅れでアドラノ・セントロ駅にやってきました。
女性が一人おりてくると、先ほどのイケメンお兄さんと抱き合ってキスをしています。
私はお兄さんに礼を言って列車に乗りこみました。
それにしてもイタリアではイケメンほど旅行者にやさしい傾向がありますね。
とにかく、目当ての列車に無事に乗車できました。
アドラノから乗車した新型気動車。ヨーロッパのどこにでもあるタイプで、トイレとエアコンが完備された快適車両です。
やがて上り坂にさしかかり、高度を上げていきます。
アドラノ・ノード駅に到着。コンクリートの無人駅で、周りには何もありません。
ここからは本数が減り、ローカル色が濃くなります。
落書きされた無人駅の駅舎。
溶岩流の跡が生々しいです。エトナ山は何度も噴火していますが、人々は変わらず住み続けています。
列車は高速道路を見下ろしつつ走ります。
エトナ山麓の小さな町、ブロンテが見えてきました。
立派な教会があります。
ブロンテの住宅街。
ブロンテ駅に到着。赤い駅舎が印象的です。ちゃんとトイレもありました。
ブロンテの町を見下ろしながら列車は先へと進みます。
エトナ山の溶岩流の跡。エトナ山の溶岩流は流れが非常に遅いため、噴火してもゆっくり避難できるのだそうです。
アパート群のすぐそばまで溶岩流が押し寄せています。驚くことにあのアパートには今も人が住んでいます。
噴火が怖くないのでしょうか。
火山ととともにたくましく生きているのですね。
黒い大地とエトナ山。
畑が広がっています。
列車はカーブしながらマレットの町へと入っていきます。
マレット駅に到着。何人かが降りました。
この駅も赤い駅舎です。
エトナ山をぐるりと回りながら、列車は西へと進みます。
住宅地に入りました。ランダッツォの町です。
10分ほど遅れ、17:11にこの列車の終点ランダッツォ駅に到着しました。
駅前にはバスが止まっていました。
エトナ山周遊鉄道はランダッツォ駅を境に運行形態が完全に分割されており、全線に乗るためにはこの駅で乗り換える必要があります。
リポスト駅行きの列車は17:15発。本日の最終列車です。
10分遅れたせいでギリギリの乗り換えになりましたが、なんとか席を確保。
観光客が多いですね。途中まで観光バスに乗ってきたのかもしれません。
次回はリポストまでエトナ山周遊鉄道に乗車。とにかく、無事に乗り換えができてよかったです。
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