
ギリシャ旅行記の第2回です。
1日目はギリシャの首都アテネのシンボル、アクロポリス遺跡へ。
神殿に付属したイロド・アティコス音楽堂やディオニソス劇場などを見学しました。
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■ 1日目 2019年8月28日 水曜日

朝11時。
ギリシャの首都アテネのアクロポリス遺跡にやってきました。
前日夜に日本を発ち、空港から休む間もなくアテネ市内へ。
時差ぼけで体がきついですが、これから見学するのはあのアクロポリス遺跡です。身が引き締まります。
まずはアクロポリス遺跡をの隣にアレイオス・パゴスという岩山があり、展望台のようになっています。
足場がやや危ないですが、階段があるので登ってみました。

岩山に登るとアテネ市街がとてもよく見えます。
今日は雲一つ無い快晴。気温は30度近くあるでしょう。とても暑いです。

建物が密集しています。アテネの人口は約66万人。アテネの都市圏全体では約300万人。
ギリシャの総人口の約3分の1がアテネ周辺に集中しているのです。

あちらこちらに小高い丘が見えています。
アテネは意外と起伏のある街なのですね。

アクロポリスの北にあるリカヴィトスの丘。パルテノン神殿が良く見えるのだそうです。
ケーブルカーで行けるようなので、後日登ってみましょう。

反対側を見ればアクロポリス遺跡の丘にそびえたつパルテノン神殿の前門が見えます。

パルテノン神殿の入口にあたりますが、たくさんの人が並んでいます。

岩山からパルテノン神殿を見上げると、ギリシャに来たという実感がわいてきます。

ただ、この岩山は足下が危ないですし、転落防止の策もないです。
かなり危険です。

岩山を降りて、アクロポリス遺跡への入場口に並びます。
チケットは古代アゴラなどとの共通券をインターネットで購入済み。
バーコードを見せればOKです。

時刻は11時半。遺跡内に入ります。
まっすぐ登ればパルテノン神殿ですが、ひねくれものの私は右側の脇道に逸れました。
パルテノン神殿周辺にもディオニソス劇場やイロド・アティコス音楽堂など、歴史的建造物が並んでいるのです。

早速眼下に見えてきたのがイロド・アティコス音楽堂音楽堂です。
古代ローマ時代の西暦161年にアテネの貴族イロド・アティコスが亡き妻を偲んで建設したものです。

観客席部分は改修され、現在もコンサート会場として使われています。
それほど大きくは見えないのですが、32列の客席に5000人を収容できるそうです。

きれいな円形ですね。こんなところでオペラや演劇を見るのもロマンチックです。

アクロポリス遺跡の南側の通路をさらに進み、ディオニソス劇場へと向かいます。

遺跡を保護するために屋根があるのですが、炎天下の中歩き回っているので、屋根の存在がとてもありがたいです。

古代ギリシャ文字が刻まれた柱が並びます。

何と書いてあるのでしょう。

背の低い柱が並んでいます。

このあたりは医学の守護神を祀るアスクレピオス神殿の跡です。

わずかに柱が残りますが、がれきの山になっています。

通路を歩きます。

一部のみ復元されたアスクレピオス神殿。

かつてはもっと巨大な神殿だったのでしょう。

アスクレピオス神殿の説明書き。

いよいよディオニソス劇場が見えてきます。

これがアクロポリスのふもとにあるディオニソス劇場です。
紀元前325年に建設されました。14,000人から17,000人もの観衆を収容できたそうです。
今はステージ部分と客席の一部が残るだけとなっています。
現在修復工事が行われていますが、遅々として進んでいません。

遠くには立派なゼウス神殿が見えています。

通路を歩き、ディオニソス劇場へと近づきます。

ディオニソス劇場の舞台付近まで下りてきました。

座席部分と階段。

背もたれ付きの座席があります。貴族用の貴賓席です。

それほど広い舞台ではありません。

舞台の奥にはディオニソスの一生をテーマにした彫刻群があります。
ディオニソスはギリシャ神話では豊穣とブドウ酒と酩酊の神であり、ローマ神話でいうところのバッカスです。

舞台奥の建造物群。かつてはどのような形だったのでしょうか。

舞台から客席を眺めます。この舞台で様々なギリシャ喜劇、ギリシャ悲劇が演じられたのでしょう。

このまままっすぐ行くとアクロポリス遺跡から外に出てしまいます。
パルテノン神殿の入口へ引き返しましょう。

ディオニソス劇場の客席に通じる通路。

先ほど歩いてきた道を引き返します。

この辺りにはエウメネスの柱廊という、2階建ての柱廊があったといわれています。

次回はパルテノン神殿を見学します。
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朝11時。
ギリシャの首都アテネのアクロポリス遺跡にやってきました。
前日夜に日本を発ち、空港から休む間もなくアテネ市内へ。
時差ぼけで体がきついですが、これから見学するのはあのアクロポリス遺跡です。身が引き締まります。
まずはアクロポリス遺跡をの隣にアレイオス・パゴスという岩山があり、展望台のようになっています。
足場がやや危ないですが、階段があるので登ってみました。

岩山に登るとアテネ市街がとてもよく見えます。
今日は雲一つ無い快晴。気温は30度近くあるでしょう。とても暑いです。

建物が密集しています。アテネの人口は約66万人。アテネの都市圏全体では約300万人。
ギリシャの総人口の約3分の1がアテネ周辺に集中しているのです。

あちらこちらに小高い丘が見えています。
アテネは意外と起伏のある街なのですね。

アクロポリスの北にあるリカヴィトスの丘。パルテノン神殿が良く見えるのだそうです。
ケーブルカーで行けるようなので、後日登ってみましょう。

反対側を見ればアクロポリス遺跡の丘にそびえたつパルテノン神殿の前門が見えます。

パルテノン神殿の入口にあたりますが、たくさんの人が並んでいます。

岩山からパルテノン神殿を見上げると、ギリシャに来たという実感がわいてきます。

ただ、この岩山は足下が危ないですし、転落防止の策もないです。
かなり危険です。

岩山を降りて、アクロポリス遺跡への入場口に並びます。
チケットは古代アゴラなどとの共通券をインターネットで購入済み。
バーコードを見せればOKです。

時刻は11時半。遺跡内に入ります。
まっすぐ登ればパルテノン神殿ですが、ひねくれものの私は右側の脇道に逸れました。
パルテノン神殿周辺にもディオニソス劇場やイロド・アティコス音楽堂など、歴史的建造物が並んでいるのです。

早速眼下に見えてきたのがイロド・アティコス音楽堂音楽堂です。
古代ローマ時代の西暦161年にアテネの貴族イロド・アティコスが亡き妻を偲んで建設したものです。

観客席部分は改修され、現在もコンサート会場として使われています。
それほど大きくは見えないのですが、32列の客席に5000人を収容できるそうです。

きれいな円形ですね。こんなところでオペラや演劇を見るのもロマンチックです。

アクロポリス遺跡の南側の通路をさらに進み、ディオニソス劇場へと向かいます。

遺跡を保護するために屋根があるのですが、炎天下の中歩き回っているので、屋根の存在がとてもありがたいです。

古代ギリシャ文字が刻まれた柱が並びます。

何と書いてあるのでしょう。

背の低い柱が並んでいます。

このあたりは医学の守護神を祀るアスクレピオス神殿の跡です。

わずかに柱が残りますが、がれきの山になっています。

通路を歩きます。

一部のみ復元されたアスクレピオス神殿。

かつてはもっと巨大な神殿だったのでしょう。

アスクレピオス神殿の説明書き。

いよいよディオニソス劇場が見えてきます。

これがアクロポリスのふもとにあるディオニソス劇場です。
紀元前325年に建設されました。14,000人から17,000人もの観衆を収容できたそうです。
今はステージ部分と客席の一部が残るだけとなっています。
現在修復工事が行われていますが、遅々として進んでいません。

遠くには立派なゼウス神殿が見えています。

通路を歩き、ディオニソス劇場へと近づきます。

ディオニソス劇場の舞台付近まで下りてきました。

座席部分と階段。

背もたれ付きの座席があります。貴族用の貴賓席です。

それほど広い舞台ではありません。

舞台の奥にはディオニソスの一生をテーマにした彫刻群があります。
ディオニソスはギリシャ神話では豊穣とブドウ酒と酩酊の神であり、ローマ神話でいうところのバッカスです。

舞台奥の建造物群。かつてはどのような形だったのでしょうか。

舞台から客席を眺めます。この舞台で様々なギリシャ喜劇、ギリシャ悲劇が演じられたのでしょう。

このまままっすぐ行くとアクロポリス遺跡から外に出てしまいます。
パルテノン神殿の入口へ引き返しましょう。

ディオニソス劇場の客席に通じる通路。

先ほど歩いてきた道を引き返します。

この辺りにはエウメネスの柱廊という、2階建ての柱廊があったといわれています。

次回はパルテノン神殿を見学します。
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