
ギリシャ旅行記の第32回です。
7日目は島全体が古代ギリシャ遺跡となっているデロス島を散策。
イシス神殿など神殿が集まるエリアを抜け、標高110メートルのキントス山から絶景を眺めました。
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■ 7日目 2019年9月3日 火曜日
ギリシャ旅行7日目。今日はエーゲ海の真珠と呼ばれるミコノス島から30分ほど船に乗り、島全体が古代ギリシャ遺跡になっているデロス島にやってきました。
ここデロス島はアテナイを中心とした古代ギリシャの諸ポリスがペルシアの脅威に対抗するために紀元前477年に結ばれたデロス同盟の本拠地。
豪邸や神殿、行政施設が並ぶ古代の大都市だったのです。

デロス島の遺跡を歩きます。ここは2400年前の高級住宅地。
立派な邸宅が並んでいたのです。

ひときわ大きなこの家は「仮面の家」と呼ばれています。

中に入ることはできませんが、室内の様子を見ることができます。

仮面の家の見どころは床に施された見事なモザイク画です。

特に真ん中の部屋のモザイク画が見事です。

ディオニソスと豹のモザイク画。
躍動感がものすごいです。2400年前はこんな絵をかいていたのに、中世ヨーロッパの絵は退化してしまったと思います。
もっとも、退化というのは現在の美意識に基づくものであり、中世の絵画はあくまでは当時の宗教的価値観に従ったものです。

両脇にも部屋があります。

両脇の部屋のモザイクはあまり状態が良くありません。

立派な邸宅だったことがわかります。

かつての住宅地は壁や柱の一部だけが残っています。

仮面の家を通り過ぎ、坂道を登ります。

丘の上に神殿が見えてきました。

かつて見晴らしの良い丘の上に神殿が並んでいました。

基礎部分のみが残る神殿。

2本の柱が残るヘラリオン神殿。

胸から上が無くなってしまった天使の像。

右手に見えてきた神殿がイシスの神殿です。

イシスはエジプト神話に登場する神です。
つまり、この神殿はエジプト人が自分たちの神を祀るために建造しました。
2500年前のデロスは古代ギリシャ人だけでなくエジプト人も住まう、国際都市だったのです。

イシスの神殿からデロス島を見下ろします。

今でこそ瓦礫ばかりの茫洋とした景色ですが、2000年以上前は美しい大都市だったのでしょう。

観光船が発着する船着き場。たくさんの人々がいます。

この界隈にはシリア人たちが建てた神殿もあります。

このまま進むと考古学博物館にたどり着きますが、一度引き返してキントス山に登ってみましょう。

イシス神殿を通り過ぎるとキントス山に登る道が分岐します。

海の方を見ると船着き場に観光船が停泊していました。

丘の下に建つヘルメスの家。2階建ての家です。

キントス山への道はひたすら階段です。

木が生えていないので視界を遮るものがありません。
遠くまでよく見えます。

キントス山は標高110メートル。
延々と続く階段を登れば、素晴らしい景色が待っています。
中腹でも十分素晴らしいですが。

キントス山の中腹から見るデロス島の南側。
おそらく古代ギリシャの街並みが広がっていたのでしょう。
今のところ発掘作業はほとんど行われていないようです。

デロス島の入り江に漂うヨット。

無人島のはずですが、デロス島の南部の入り江付近には家が建っています。
遺跡の管理を行う人たちの家でしょうか。

15分ほど歩いてキントス山の山頂にたどり着きました。
遺跡や船着き場が良く見えます。

すばらしいですね。デロス島遺跡のスケールの大きさが良くわかります。

中央付近の広場はかつて店がが並んでいたイタリア人のアゴラです。

キントス山の山頂。石がゴロゴロしており歩きにくいです。

キントス山から眺めるデロス島の北側。

キントス山山頂。石が積まれています。

海がとてもきれいです。

遠くにはミコノス島が見えています。

青い海の向こうに見えるミコノス島の街並み。白い建物が印象的です。

実は、今は石とがれきに埋もれたキントス山山頂にも神殿が立っていました。
デウス神殿です。

神殿の残骸が散らばるキントス山山頂。

神殿の柱の残骸でしょうか。

かつては神殿の一部だったであろう大理石の残骸。
かつては巨大な神殿だったのでしょう。
これだけ景色が良ければ神殿を建てたくなる気持ちはわかります。
日本人なら神社を建てるでしょう。

デロス島とミコノス島の間を疾走する高速船。

キントス山山頂に建っていた神殿の柱の残骸。

キントス山から眺める景色は素晴らしいものでした。
登るのは大変ですが、それだけの価値はあります。
次回も遺跡の島デロス島を巡ります。
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ギリシャ旅行7日目。今日はエーゲ海の真珠と呼ばれるミコノス島から30分ほど船に乗り、島全体が古代ギリシャ遺跡になっているデロス島にやってきました。
ここデロス島はアテナイを中心とした古代ギリシャの諸ポリスがペルシアの脅威に対抗するために紀元前477年に結ばれたデロス同盟の本拠地。
豪邸や神殿、行政施設が並ぶ古代の大都市だったのです。

デロス島の遺跡を歩きます。ここは2400年前の高級住宅地。
立派な邸宅が並んでいたのです。

ひときわ大きなこの家は「仮面の家」と呼ばれています。

中に入ることはできませんが、室内の様子を見ることができます。

仮面の家の見どころは床に施された見事なモザイク画です。

特に真ん中の部屋のモザイク画が見事です。

ディオニソスと豹のモザイク画。
躍動感がものすごいです。2400年前はこんな絵をかいていたのに、中世ヨーロッパの絵は退化してしまったと思います。
もっとも、退化というのは現在の美意識に基づくものであり、中世の絵画はあくまでは当時の宗教的価値観に従ったものです。

両脇にも部屋があります。

両脇の部屋のモザイクはあまり状態が良くありません。

立派な邸宅だったことがわかります。

かつての住宅地は壁や柱の一部だけが残っています。

仮面の家を通り過ぎ、坂道を登ります。

丘の上に神殿が見えてきました。

かつて見晴らしの良い丘の上に神殿が並んでいました。

基礎部分のみが残る神殿。

2本の柱が残るヘラリオン神殿。

胸から上が無くなってしまった天使の像。

右手に見えてきた神殿がイシスの神殿です。

イシスはエジプト神話に登場する神です。
つまり、この神殿はエジプト人が自分たちの神を祀るために建造しました。
2500年前のデロスは古代ギリシャ人だけでなくエジプト人も住まう、国際都市だったのです。

イシスの神殿からデロス島を見下ろします。

今でこそ瓦礫ばかりの茫洋とした景色ですが、2000年以上前は美しい大都市だったのでしょう。

観光船が発着する船着き場。たくさんの人々がいます。

この界隈にはシリア人たちが建てた神殿もあります。

このまま進むと考古学博物館にたどり着きますが、一度引き返してキントス山に登ってみましょう。

イシス神殿を通り過ぎるとキントス山に登る道が分岐します。

海の方を見ると船着き場に観光船が停泊していました。

丘の下に建つヘルメスの家。2階建ての家です。

キントス山への道はひたすら階段です。

木が生えていないので視界を遮るものがありません。
遠くまでよく見えます。

キントス山は標高110メートル。
延々と続く階段を登れば、素晴らしい景色が待っています。
中腹でも十分素晴らしいですが。

キントス山の中腹から見るデロス島の南側。
おそらく古代ギリシャの街並みが広がっていたのでしょう。
今のところ発掘作業はほとんど行われていないようです。

デロス島の入り江に漂うヨット。

無人島のはずですが、デロス島の南部の入り江付近には家が建っています。
遺跡の管理を行う人たちの家でしょうか。

15分ほど歩いてキントス山の山頂にたどり着きました。
遺跡や船着き場が良く見えます。

すばらしいですね。デロス島遺跡のスケールの大きさが良くわかります。

中央付近の広場はかつて店がが並んでいたイタリア人のアゴラです。

キントス山の山頂。石がゴロゴロしており歩きにくいです。

キントス山から眺めるデロス島の北側。

キントス山山頂。石が積まれています。

海がとてもきれいです。

遠くにはミコノス島が見えています。

青い海の向こうに見えるミコノス島の街並み。白い建物が印象的です。

実は、今は石とがれきに埋もれたキントス山山頂にも神殿が立っていました。
デウス神殿です。

神殿の残骸が散らばるキントス山山頂。

神殿の柱の残骸でしょうか。

かつては神殿の一部だったであろう大理石の残骸。
かつては巨大な神殿だったのでしょう。
これだけ景色が良ければ神殿を建てたくなる気持ちはわかります。
日本人なら神社を建てるでしょう。

デロス島とミコノス島の間を疾走する高速船。

キントス山山頂に建っていた神殿の柱の残骸。

キントス山から眺める景色は素晴らしいものでした。
登るのは大変ですが、それだけの価値はあります。
次回も遺跡の島デロス島を巡ります。
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