
ギリシャ旅行記の第34回です。
7日目は島全体が古代ギリシャ遺跡となっているデロス島を散策。
デロス島の政治的な中心だった聖なる道周辺を歩きます。
マリーンズ・日本ブログ村ランキング
プロ野球・人気blogランキング
■ 7日目 2019年9月3日 火曜日
ギリシャ旅行7日目。島全体が古代ギリシャ遺跡になっているデロス島にやってきました。
紀元前477年に結ばれたデロス同盟の本拠地だけに、それはそれは栄えたのです。

デロス島の考古学博物館の見学を終え、島内の散策を再開します。
この辺りは島の中心で、アゴラと呼ばれる広場や神殿、行政施設などが並んでいました。

立派な道路だった一角。

かつての柱廊の跡。

神殿跡地の向こう側にミコノス島とデロス島を結ぶ観光船の船着き場があります。
2000年以上前の古代ギリシャ時代でも今日と同じくデロス島の玄関口だった港です。

この辺りにはフィリップ5世の柱廊やディロス人のアゴラなどが建っていました。

聖なる道周辺。

頭だけが残る柱。

古代の港に面して建っていたフィリップ五世の柱廊跡地。

柱が整然と並んでいます。

建物の基礎部分も若干残っており、かつてどんな建物だったのか想像力を掻き立てられます。

円形のベンチ。

アテネ人の神殿が建っていたエリア。

聖なる道という立派な道の両側に壮麗な建物が並んでいたのでしょう。
柱の残骸がかつての栄華を伝えます。

柱の一部だけが復元された建物。

石畳の道を歩きます。

2000年前のデロス島のメインストリート、聖なる道です。

神殿の壁だった部分。

柱廊や広場が集まるエリア。

デロス同盟の本拠地となったデロス島には各ポリスからの上納金を補完する金庫があり、ちょうどこの辺りの建物に収められていたそうです。

遺跡の向こうにキントス山が見えています。

2000年前は山のふもとまで神殿や住宅が並んでいたようです。

聖なる道の終点に建つプロピュライア。門のような役割を果たしていたようです。

港に向けてまっすぐ伸びる聖なる道。

ポロス神殿やアテネ人の神殿が建っていたエリアです。
今はがれきが並ぶだけ。

アンティゴノスの柱廊が建っていたエリア。柱の残骸が整然と並びます。

小規模な建物や神殿が並んでいたエリアです。

海に面して建っていたのはアポロン神殿です。

かつてアポロン神殿だったことを示す看板。

大理石の柱が並びます。

ギリシャ文字が書かれた石。かつては屋根の一部だったのでしょうか。

柱や屋根の残骸。

神殿の土台部分だけが残っています。

かつて建っていた神殿の想像図。

石の壁。

赤い大理石の壁がありました。

壁の一部が復元されています。

向こうには考古学博物館が見えています。
手前は柱廊の跡地です。

遺跡の北側へと歩きます。

イタリア人のアゴラ。大きな広場でした。

イタリア人のアゴラ。この辺りはイタリア人が店を出していたそうです。
古代ギリシャにおいて国際商業都市として栄えたデロス島はシリア、エジプトなど様々な土地から裕福な商人が移住してきたそうです。

神殿の屋根の部分に牛の頭の彫刻がありました。

イタリア人のアゴラに沿って歩きます。

魚の像。

魚の尾の部分だけ残っています。

柱や屋根の一部が並んでいます。復元の動きがあるのかもしれません。

ディオニソスの聖域と呼ばれるエリア。

細長いアンティゴノスの柱廊の想像図。

牛のモニュメントが並んでいます。

乱雑に置かれた石、きちんと並べて復元したら素晴らしい街並みが出来上がるでしょう。

デロス島の散策を続けましょう。
次の旅行記へ 前の旅行記へ 2019年ギリシャ旅行記目次へ
ギリシャ旅行7日目。島全体が古代ギリシャ遺跡になっているデロス島にやってきました。
紀元前477年に結ばれたデロス同盟の本拠地だけに、それはそれは栄えたのです。

デロス島の考古学博物館の見学を終え、島内の散策を再開します。
この辺りは島の中心で、アゴラと呼ばれる広場や神殿、行政施設などが並んでいました。

立派な道路だった一角。

かつての柱廊の跡。

神殿跡地の向こう側にミコノス島とデロス島を結ぶ観光船の船着き場があります。
2000年以上前の古代ギリシャ時代でも今日と同じくデロス島の玄関口だった港です。

この辺りにはフィリップ5世の柱廊やディロス人のアゴラなどが建っていました。

聖なる道周辺。

頭だけが残る柱。

古代の港に面して建っていたフィリップ五世の柱廊跡地。

柱が整然と並んでいます。

建物の基礎部分も若干残っており、かつてどんな建物だったのか想像力を掻き立てられます。

円形のベンチ。

アテネ人の神殿が建っていたエリア。

聖なる道という立派な道の両側に壮麗な建物が並んでいたのでしょう。
柱の残骸がかつての栄華を伝えます。

柱の一部だけが復元された建物。

石畳の道を歩きます。

2000年前のデロス島のメインストリート、聖なる道です。

神殿の壁だった部分。

柱廊や広場が集まるエリア。

デロス同盟の本拠地となったデロス島には各ポリスからの上納金を補完する金庫があり、ちょうどこの辺りの建物に収められていたそうです。

遺跡の向こうにキントス山が見えています。

2000年前は山のふもとまで神殿や住宅が並んでいたようです。

聖なる道の終点に建つプロピュライア。門のような役割を果たしていたようです。

港に向けてまっすぐ伸びる聖なる道。

ポロス神殿やアテネ人の神殿が建っていたエリアです。
今はがれきが並ぶだけ。

アンティゴノスの柱廊が建っていたエリア。柱の残骸が整然と並びます。

小規模な建物や神殿が並んでいたエリアです。

海に面して建っていたのはアポロン神殿です。

かつてアポロン神殿だったことを示す看板。

大理石の柱が並びます。

ギリシャ文字が書かれた石。かつては屋根の一部だったのでしょうか。

柱や屋根の残骸。

神殿の土台部分だけが残っています。

かつて建っていた神殿の想像図。

石の壁。

赤い大理石の壁がありました。

壁の一部が復元されています。

向こうには考古学博物館が見えています。
手前は柱廊の跡地です。

遺跡の北側へと歩きます。

イタリア人のアゴラ。大きな広場でした。

イタリア人のアゴラ。この辺りはイタリア人が店を出していたそうです。
古代ギリシャにおいて国際商業都市として栄えたデロス島はシリア、エジプトなど様々な土地から裕福な商人が移住してきたそうです。

神殿の屋根の部分に牛の頭の彫刻がありました。

イタリア人のアゴラに沿って歩きます。

魚の像。

魚の尾の部分だけ残っています。

柱や屋根の一部が並んでいます。復元の動きがあるのかもしれません。

ディオニソスの聖域と呼ばれるエリア。

細長いアンティゴノスの柱廊の想像図。

牛のモニュメントが並んでいます。

乱雑に置かれた石、きちんと並べて復元したら素晴らしい街並みが出来上がるでしょう。

デロス島の散策を続けましょう。
次の旅行記へ 前の旅行記へ 2019年ギリシャ旅行記目次へ



